フランス新首相の就任はEU瓦解への前奏曲だ
この問題は、20年前にEU憲法批准をめぐってなされた反対意見の中に含まれていた、EUを構成する国家の国民主権問題である。EUが国家であれば、国家は解体し、国民はEU国民となる。 しかし、現実にはEUは国家調整機関にすぎない。もちろん、さまざまなEU規制が国家の自治権を拘束していることも確かだが。だから、EU憲法批准が各国で大きな問題になったのである。 マクロンが国内で劣勢になった権力を、EUという虎の威で克服しようとしていると見られても仕方がない。EU議会においてフランス選出の議員の多くは反マクロン派であるとしても、マクロン自体はEU全体の多数派に属している。
さらにバルニエは、保守派である。保守派は経済を握る資本家層にとって受けがいい。国民の声とは裏腹に、国家をたぐる上層の人々の意にかなった人物だといっていい。 となると、マクロン政権は大統領を辞めない限り、どんなに選挙で敗れても国家を自由に操れることになる。1995~2007年のシラク政権時、EU憲法にフランス国民の多数が反対した国民主権喪失の問題が、今まさにフランス国民にくさびを打ち込もうとしているのだ。それは国民主権の危機といってもよい。
調停役と称しているバルニエが、極左、極右政党と政権党の間をかいくぐりながら、問題を丸く収めるだろうという期待とは裏腹に、民主主義の危機を招いているのである。 こうした民主主義のねじれの問題は、フランスだけにとどまらない。国民の支持を得た政権党が、EUで国民の意思をないがしろにされればEU離脱は避けられず、EU自体の存続の危機となるからである。 ウクライナ戦争支援、すなわちNATOの武器支援の問題において、多くのEU国民が巻き込まれるのではないかと不安を持つ中、EUそして多くの政権党は積極的支援策を打ち出してきた。その理由は「民主主義を守る」ということにあった。