“水俣メモリアル”コンペ落選作を展示 「選考過程への批判ではなく…」企画した彫刻家の意図
彫刻家・小田原のどかさんによる企画展「近代を彫刻/超克する-津奈木・水俣編」が熊本県津奈木町のつなぎ美術館で開かれている。昨年からの2カ年プロジェクト。町内の銅像を候補者に見立て「彫刻選挙」を実施した1年目に続き、今年も公共アートがテーマとなった。疑いもなく受け入れてしまいがちな作品について設置の経緯などを掘り起こすことで、気付きをもたらしてくれる。 【写真】町誌下巻用に保存されていた資料が入っている黒い箱 会場の壁に、大量のデザイン資料が貼られている。同県水俣市が1995年に行った、水俣病犠牲者の慰霊と教訓を伝えるモニュメント「水俣メモリアル」の国際コンペで落選したデザインの数々だ。同市立図書館から持ち出せない資料のため1ページずつコピーし、貼り付けることで「見える化」している。 コンペには400超の応募があり、住民投票も行われた。しかし、その結果は採用されず、最終的には建築家の磯崎新さんが選考したという。公共アートは時に設置者の恣意(しい)が介在し、目的と効果の矛盾もはらむ。会場のあちこちにある黒い箱は「ブラックボックス」を想起させるが、「選考過程への批判ではなく、実現したかもしれない一つ一つの可能性を知ってもらいたかった」と小田原さん。 ‡‡ アニメ「ワンピース」のキャラクターフィギュアが並ぶ一角もあった。熊本県内には、熊本地震復興支援の目的でキャラクターの銅像が各所に建てられた。フィギュアはその銅像を模したものだ。銅像設置が地域活性化に一定程度貢献しているが、小田原さんは強調する。「復興のためという名目で何かが置かれることを、無条件には賛成できない」 日本では戦後、愛や平和の象徴として大量の裸婦像が公共空間に置かれたが、多くは地域住民との合意形成がなく、偏った「美」のイメージを社会に浸透させるものでもあった。本プロジェクト1年目の「彫刻選挙」はその問題提起にもなっており、ワンピースのコーナーにも、思いは通底する。 災害後、その場所になぜ、何を置き、どう活用するのか。「ワンピース像は、重要な事例になるだろう」と小田原さんは指摘する。 ‡‡ この企画は、つなぎ美術館が2008年から続ける住民参画型アートプロジェクトの一環。招聘(しょうへい)された美術家には、地域資源の再評価や、課題解決の方法を地域住民と共に考えるミッションが課される。調査する中で小田原さんは、町の歴史をまとめた「津奈木町誌 上巻」に注目した。 1993年刊行の上巻は、幕末で終わっており、近代以降が記録されるはずの下巻は未刊だった。刊行するとなれば水俣病について書き込まなければならない。「負の歴史を記録するのがタブーになっているのでは」。小田原さんはそう思い、町誌を編さんした男性に尋ねると、人員や資金不足が要因で、下巻用の資料が大量に保管されていた。 本展では、黒い箱にその資料が詰められており、来場者アンケートで「下巻にどんな内容を望むか」と問いかけていた。展覧会後、資料は町図書館に収蔵される。もし下巻が作られることになったとき、活用できるようにした。 「私が作るべきは、情報を残し、町の人が後から参照できるような『作品』だ」と小田原さん。銅像のような作品ではなく、作品が生まれる過程を可視化し、解釈や活用を町に託した。「モニュメントや彫刻、地域の歴史も、押しつけられてはいけない。当事者がポジティブに関わり、選ぶものであってほしい」 美術家に滞在してもらい作品制作やリサーチ活動を行う企画は、珍しいものではなくなった。外からの目線が、見過ごされていた地域の魅力や問題点をあぶり出してくれる。ただ制作やリサーチ後も、町づくりは続く。より良い未来を創るための最後のバトンは住民たちの手にある。本展はそのことを感じさせてくれた。 (川口史帆) ◇展示は24日まで。一般500円など。つなぎ美術館=0966(61)2222。