アメリカで、1.2リットル入りの「バカデカいタンブラー」が大流行した「意外すぎる理由」
なぜか大ブーム
朝起きるとすぐにスマホをタップしてSNSアプリを立ち上げる。そこに並んだ投稿や動画を見て、怒ったり、悲しんだり、喜んだりする――私たちの生活の奥深くにSNSが浸透するようになってすでに数年が経ちました。 そしていまやSNSは、政治や経済にすら巨大な影響を与えることも明らかになってきています。社会について考えるためには、SNSの動向を追うことが必須となっているのです。 SNSと社会の関わりの現在地について、アメリカの事例を参照しながら、その最前線を教えてくれるのが、ライターの竹田ダニエルさんによる『SNS時代のカルチャー革命』という本です。 著者の竹田さんは、アメリカで理系の研究者として働くとともに、アメリカのカルチャーの最新事情を継続的にレポートし、日本に紹介しつづけています。 たとえば同書がレポートするところによれば、このところアメリカのSNSにおいて明らかになりつつあるのが、「大人の孤独問題」だそう。興味深いのは、多くの人が孤独を抱えていることへの反動として「コミュニティ」に属したいという欲望も高まっており、それが原因と思しき不思議な社会現象が起きているということです。 同書より引用します(読みやすさのため、改行などを編集しています)。 〈大人の孤独問題の議論に関連してよく話題にのぼるのが、「スタンレーカップ」の熱狂的な人気とトレンド化現象だ。2023年ごろから急激に人気を博し、今や子供から大人まで流行に敏感な人たちの「必須アイテム」として認識されている。〉 〈スタンレーカップは、水筒ブランドのスタンレーが発売した約1200の容量があるタンブラーのことで、冷たい飲み物を氷入りなら2日間保冷し、車のカップホルダーにちょうど収まり、正規の価格は40ドル以上もする。 それ以外には特に目立つ特徴がなく、ストローが剝き出しになっており不便そうにも見えるが、TikTokを中心に爆発的な人気が出たことで、限定カラーの販売店では盗難や喧嘩が発生し、転売価格が1000ドルを超える事態にもなっている。 人気の主な火付け役となったのは、2023年11月にある女性が投稿した動画だった。車が火災に遭って焼け焦げてしまった中、車内に置いてあったスタンレーカップの中にはまだ氷が残っていたという動画で、スタンレーカップの「すごい性能」が話題になった。 その後、TikTokで多くのインフルエンサーがスタンレーカップを「マストハブアイテム」として紹介し、何十個もの様々なカラーのカップを並べた「コレクション」を自慢する人の投稿も話題となっている。その結果、スタンレーカップはステータスシンボルになり、それを持つことがある意味「コミュニティに属している感覚」を生んでいるのではないか、と推察される。 2010年代からすでに様々なタンブラーのトレンドが移り変わりつつ話題になってきた。Hydro FlaskやS’wellなどのタンブラーが代表的で、ペットボトルを買わずに自分のボトルを持ち歩くというエコな活動の一環として注目を集めたが、スタンレーカップほどの「熱狂的トレンド」にはならなかった。〉 〈2023年はスタンレーカップにペットボトルの水を移し替え、様々なフレーバーのパウダーやシロップを入れるレシピをシェアする、いわゆるWaterTokが「コンテンツクリエイター」界隈で主に白人女性たちを中心に盛り上がった。 もはや「水」ではない液体を作っているように見えるが、アメリカでは「水をたくさん飲むこと」がセルフケアの大切な要素と考えられており、大容量のタンブラーを持ち歩き、「いつでも水を飲める」状態にすることが健康的だというウェルネストレンドが流行している。 お気に入りのタンブラーを使うことで水をもっと飲むモチベーションになる、という理屈だ。新年の抱負に「もっと水を飲む」と書いたり、クリスマスに「健康のために」スタンレーカップや他のブランドのタンブラーを欲しがる人が数多く見られたほどだ。 このスタンレーカップのブームはあくまでも一例に過ぎないが、このように過剰なほどモノとアイデンティティを直接結びつけるような傾向が近年より強く見受けられており、それはサードプレイスの消滅による「繫がりの欠如」から生まれた結果なのではないか、と議論されている。 どのような「モノ」を買い持ち歩くかによって、自分の「属性」が決まったかのような気持ちになる現象が、行き過ぎた消費主義を生んでいる。他者と繫がる機会が様々な要因によって減少し、コミュニティを形成するために必要な時間の捻出やコミットメントを面倒くさがる人が増えた結果、自分の社会的な「属性」やそこから派生するアイデンティティを形成することができなくなる。 その一方で、熱狂的なほどに特定の「モノ」に何かしらの「ステータス」を感じ、それを購入しコレクションし見せびらかすことに多くの時間やリソースをかける行動によって、社交の機会が減少してぽっかり空いた「孤独」の穴を埋めようとしているのではないか、と言われている。〉 さらに【つづき】「アメリカのTikTokユーザーは「ポルノ」のことを「corn」と書く? そのウラにある「深い理由」」(12月29日公開)では、Z世代のある特徴的な行動についてくわしく紹介します。
竹田 ダニエル(ジャーナリスト、研究者)