なぜ弁護士は「黙秘」をすすめるのか? “冤罪”描くドラマ『アンチヒーロー』現実の事件との共通点
そもそもなぜ弁護士は「黙秘」をすすめるのか?
――「黙秘」はそもそもなぜ重要なのでしょうか。 髙野弁護士:たとえば今、皆さんが「1年前の6月3日午後3時ぐらいにどこにいたのか教えて」と言われたとき、何の資料も見られない状況では到底話せないですよね。そのとき、「〇〇で取材をしていました」と話して、「違うよ」と防犯カメラの映像を見せられ、「そこから10キロ離れたコンビニにいたよ」と言われてしまう。こうなれば「この人は取り調べを受けている最中に嘘をついていました」という話になってしまうわけですね。 ――1年前どころか、1週間前でも何も見ずに答える自信はないです……。 髙野弁護士:そうですよね。取り調べでは基本的に、手帳やスマホのカレンダーや写真、LINEのトークなどを見て答えることはできません。しかも、それで事実と違うことを言ってしまうと、「記憶が間違っていた」「勘違いでした」では済まなくて、「この人は意図的に嘘をついた」という評価をされてしまうんです。 ――通常の人間の認知機能でそれはほぼ無理では……。 髙野弁護士:そう、無理なんですよ。無理なことを求められて、「嘘をついた」という形が残ってしまうなら、もう何も言えませんよね。人間の歴史として、そうした理由で冤罪が生まれてきているのは間違いない。だからこそ、黙秘することが基本的な人権として尊重されているんです。 ――なるほど。資料も見ずに正確なことは何も言えないから、基本は「黙秘」が重要なのですね。その後、取り調べの中で黙秘をやめる流れになるのですか。 髙野弁護士:どこかのタイミングで黙秘をやめて話すことも、ないわけではないと思います。ただ、その決断をどうやってするかというと、1番わかりやすいポイントが証拠との矛盾がないかを弁護士が確認できるかどうかです。捜査機関がどういう証拠を持っているか、たとえば証拠になっている防犯カメラの映像を私たち弁護士が見ることができて初めて、「これはこういう記憶で間違いなさそうだ」ということが判断できて話が進められるわけです。しかし弁護士が証拠を見ることができるのは起訴された後です。そうすると、取り調べで黙秘を解除する判断をできる場面は多くないですよね。 ――では、基本はずっと黙秘の状態が良いということですね。 髙野弁護士:そうです。捜査段階でその問題を完全に払拭して話ができるのは、相当レアなケースです。ただ、捜査機関、特に警察官は、供述調書という形での記録を作ることが自分たちの仕事だと思っている方が圧倒的に多いので、「黙秘」はそれに真っ向から反することになります。憲法で定められたものだとしても、黙秘権を行使する被疑者に対して不愉快に思っている人がほとんどだと思います。だからこそ喋らせようとしてくるんです。