まるでSF! 日本発、「犯罪予測」の最前線! 過去の犯罪を分析し、未来の悲劇を防止する
ブラジルの実証実験で実績を積んだSP社は、23年にサンパウロ市に支社を設立。現在は中南米を中心に11の政府機関と取引をする規模に成長した。また、未来に向けた動きも始まっている。 「銃社会では警察もパトロールするだけで命がけであり、犯罪率の高い地域では警察官の殉職率が高くなります。そのため、海外では警察のパトロールをドローンやロボットで代替する流れが始まっています。 人間が担う日常の警備業務ではなくなるからこそ、巡回ルートのリアルタイムな設定や効率的な監視カメラの設置場所の提案が重要になる。そこで『CRIME NABI』が役立つのです。すでにアメリカでは大学やロボティクス企業との共同実証実験も始まっています」 ■警察だけでなく、民間にも提供へ しかし、犯罪予測のテクノロジーが進歩するほど、今度は監視社会化への懸念もつきまとう。街じゅうを警察ロボットが闊歩し、人々を取り締まるような未来が現実味を帯びてきているならなおさらだ。 「そうしたリスクは私たちも承知しています。個人への監視強化につながらないように、『CRIME NABI』は個人情報が扱えない仕組みになっています。 そのため、痴漢や強盗などの時空間データの分析からパターンを見つけ出せる犯罪は予測できる一方、個人情報を参照しなければならないDVや虐待といった犯罪は予測できません。あくまで統計データに基づき、対象エリアの犯罪発生率を予測するサービスなのです」 とはいえ、SP社が個人を監視するための利用法を禁じていても、サービスの提供を受けた政府機関などが技術を悪用するケースもありえるのではないだろうか。実際、グーグルなどのIT企業では、最新テクノロジーの軍事転用を巡り、従業員が抗議活動を行なったり、辞職したりするといった騒動がしばしば起こっている。 「もちろん、治安の良くない地域で事業を行なっていることもあり、軍需産業とのつながりやマフィアとの癒着など、取引相手のバックグラウンドを事前に調査するといった対策は講じています。 どんなテクノロジーも悪用されたら社会に害を与えます。ただ、犯罪予測のようにメリットの大きいテクノロジーを、リスクがあるからといって禁じるのは現実的ではありません。各事業者がデメリットを減らす努力を続けるしかないと思っています」 事業の拡大に伴い、国内外で民間企業向けに犯罪予測情報を提供するなど、今後は政府や警察だけでなく、民間企業へのサービス提供も行なっていく予定だ。 「犯罪予測システムは治安維持以外の目的でも活用できます。例えば、ブラジルでは石油の強奪事件が多く、安全な輸送ルートの確保が物流企業やオイルメーカーの課題となっています。 そこで『CRIME NABI』を使えば、犯罪発生率の低いエリアを選んで輸送ルートを構築できるようになり、発生予測に応じた保険金額の設定も可能になります。適切なリスク予測ができれば、保険サービスも成り立つからです。保険会社や警備会社、旅行会社など、私たちの技術が活用できる分野はたくさんあります。 やがては日本から海外に旅行する個人向けのアプリなども提供していきたいと思っています。私自身が海外でスリに遭ったことから事業を考案した経緯もあり、『このエリアは○時に出歩かないほうがいい』といった情報を伝えるイメージです。 この技術により、犯罪で悲しい経験をする人をひとりでも減らしていけたらうれしいですね」 主戦場が海外であり、日本でのSP社の知名度はまだまだ低い。しかし、世界が認めた技術力と志の高さを踏まえれば、日本を代表する企業に躍進する日も近いだろう。 ●シンギュラー パータベーションズ・代表取締役CEO梶田真実(かじた・まみ)2010年3月、東京大学大学院修了(博士)。専門は統計物理(理論)。大阪大学・名古屋大学の日本学術振興会特別研究員(PD)。イタリア在住時にiOSアプリ開発、帰国後にスタートアップ企業執行役員を経て、17年から現職。イタリアでスリ被害に遭遇した経験をきっかけに、犯罪データ分析を開始し、犯罪予測の独自のアルゴリズムを開発。現在は国内外で犯罪予測に関する事業化を進める 取材・文/小山田裕哉 撮影/樋口 涼 画像/Singular Perturbations