男女二元論で説明しきれない性別を生きる『ノンバイナリースタイルブック』山内尚さんが”自分にしっくりくる言葉”を見つけるまで
――そこから、ノンバイナリーでジェンダーフルイドである、と自認するようになったのですね。 山内さん 大学を卒業する頃には、「レズビアン」という言葉がしっくりこない自分に気づいたのですが、「じゃあ私は何者なのか」というところには答えが出ていなくて。 そんな中、ある日ネットで「ジェンダーフルイド」という言葉を見つけたんです。当時、英語圏のWeb上の辞書には、「男か女かその日で変わる」と書いてありました。私には「男か女かの二択」という感覚はなかったけれど、この単語との出合いは、かなり衝撃的だったのを覚えています。
自分の在り方をオープンにして何が悪い?
――セクシャルマイノリティの方は、ご自身の在り方を受け入れられるようになるまで時間がかかる方もいると聞きます。山内さんは、ご自身が「ノンバイナリーかつジェンダーフルイドである」ということを、すぐに受け入れることができたのでしょうか? 山内さん 私は自分を説明できる言葉をやっと見つけた…という思いでした。なので葛藤はなく、むしろすぐに納得しましたね。「この言葉、ナイスアイディア!」と言ったところでしょうか(笑)。私自身が何者かを説明するのにとてもぴったりな言葉だと感じたんです。今はもっとしっくりくる言葉がまた出てくるのかも?と思うこともありますが。 もちろんさまざまな事情で受け入れることが難しい方もたくさんいらっしゃると思います。私はその点についてはたまたま恵まれていたのかな、と。周囲にカミングアウトするタイミングも早かったと思います。 ――まわりの方のご理解も早かった、ということなのでしょうか? 山内さん 実はそういうわけでもないんですよね。というのも、カミングアウトは自分で時期を決めたわけではなく、そうせざるを得なくなる事件がありまして…。大学時代は一部の友達にだけカミングアウトしている状態だったんですが、ある時、自分が伝えた覚えのない人から、「レズビアンなの?」と言われたんです。 それを聞いて、「このままウワサが広まったら、何か不本意な尾ひれがついてしまうかもしれない…」と怖くなり、「偏見やウワサではなく、私自身の口から言ったことで判断してほしい」という考えから、全部オープンにしようと決めました。もちろん傷つくこともありました。言ったところで伝わらないこともたくさんありましたし、「あなたなんて“本物のノンバイナリー”じゃない」と言われたりもしましたね。 ――傷つきも体験されているのですね。それでも山内さんはオープンにし続け、今ではご自身の在り方について発信し、著書も刊行されています。そのエネルギーはどこから来ると思いますか。 山内さん 私にあるのは「自分のアイデンティティについて話して何が悪い」という精神ですね。だって、「私の在り方はこうだよ」という説明をしているだけじゃないですか。悪いことを言ってるわけじゃない。SNSや漫画で発信しているのは、「みんなどう思う?」と聞いてフィードバックをもらうのが好きだから。もともと、自分の意見を言って人と議論するのが好きな性格なんです。議論といっても、友達と意見交換をするような気持ちでいるので、傷つけ合う言葉の応酬とは違うものだと思っているんですけど。 先ほどカミングアウトで傷ついた話をしましたが、逆にハッピーなこともたくさんあります。先日、トークイベントに来てくださった方が、私がX(旧Twitter)で発信した「ノンバイナリー」と「ジェンダーフルイド」についての漫画が、自分を説明する際にとても役に立っていると言ってくださったんです。こういうことがあると発信し続けていて本当によかった、と感じますね。 …といってもこれは私のケースです。人生にカミングアウトが必要ないとしたら、それはそれでいいことだと思いますし、カミングアウトをするにはその方を取り巻く環境がシビアな場合もあります。けれど、カミングアウトをすることで、心のつかえが取れたり、抑え込んでいたものが開放されて楽になるのならば、人を選びながら自分の在り方を伝えてみてもいいと思います。 もし周囲に話すことに抵抗があれば、ネットにいる似た環境の方や、信頼できるカウンセラーなどプロの方にお話しするだけでも、QOLは上がるのではないでしょうか。 ▶続く後編では「ノンバイナリーでジェンダーフルイド」である山内さんにとっての「ファッション」についてお聞きします。 漫画家 山内尚 電子コミックスで『よるべない花たちよ ~for four sisters~』『クイーン舶来雑貨店のおやつ』『魔女の村』(秋田書店)発売中。ノンバイナリーであり、ジェンダーフルイド。パートナーの清水えす子との共著に『シミズくんとヤマウチくん――われら非実在の恋人たち』(柏書房)がある。 取材・文/東美希 企画・構成/種谷美波(yoi)