「停止しないために壊す」 カヤバ(KYB)のモータースポーツに特化した新世代のパワステ「S-EPS」とは
モータースポーツに特化した新世代の電動パワーステアリング「S-EPS」
そしてあまり知られていないことですが、カヤバはモータースポーツ用EPSを供給して2024年で30年になります。国内では全日本GT選手権(JGTC)の時代から、現在のスーパーGTの一部車両に至るまで、カヤバのEPSが装備されており、スーパーフォーミュラは独占供給になっています。 FIA世界耐久選手権(WEC)でもEPSが徐々に増えており、昨年彗星(すいせい)のごとく現れたフェラーリ「499P」もカヤバ製のEPSを採用しています。実はル・マン24時間レースでは2001年にカヤバ製EPSの供給を開始しており、出走車の実に半数がカヤバ製のEPSを使うまでになっています。このほかにはドリフトのD1車両や北米のレースなど、数多くのユーザーがいます。 モータースポーツ用のEPSに使われているシステムは基本的には量産車に使われているものと基本的には同じです。ステアリングのトルクセンサーと、トルク信号に対して適切なモーター作動の電流を発生させるECU、それにつながるモーター、モーターからのトルクを増幅して伝える減速機、その力を伝えるステアリングユニットで構成されています。
カヤバではレース用のEPSを量産型と分けて「S-EPS」とネーミングしており、レースに特化したEPSとなっています。市販車のEPSでは、路面からドライバーに伝わる振動を抑制する制御を持ちますが、S-EPSは路面からのインフォメーションを正確に伝えることを優先しており、快適性のための機能はそいだというストイックなものです。 カヤバS-EPSはカタログモデルとしてユーザーが選びやすいようにいくつかのタイプをそろえています。大きく分けて7種類が用意されており、レーシングカーの種類や構造によってモーターの出力を変えるなど、自由度の高い選択ができます。 また、レーシングカーにステアリングシステムを組み入れられるスペースは限られており、形状はコンパクトにしなければなりません。そこでカヤバは、トルクセンサーをひとつにまとめることで搭載性を上げているそうです。コントロールユニットはすべての製品に対して1種類に統合されて、車両、ドライバーの好みに合わせてチューニングでき、操舵(そうだ)をアシストするマップは専用アプリを使ってユーザーが自由に変更できます。 ここで面白いのはフェイルセーフの考え方です。レーシングカーではゴールまで走り切ることが最重要項目ですが、市販車の「壊さないために車両を止める」のではなく「停止しないために壊す」という考え方で、簡単にアシストを止めることはありません。 もちろん事故は許されないので、万が一の場合はまず走行に影響が及ばないパーツから負荷がかかり、重要なパーツにまでダメージが波及しないよう設計されています。 また、カヤバらしいのは、信頼性のある量産部品を流用することでコストを抑えている点です。それでもS-EPS専用のラック&ピニオンなどの大物も含めた専用部品も少なくないので、価格はフォーミュラカーのノーズコーン(車両先頭部分)の半分にもなるといいます。決して安価ではありませんが、その価値はこれまで事故が1件もないという実績で判断できるでしょう。