【闘病】「肺がん」 会社の健診で要精密検査 → 2年の経過観察を経て発覚
入院時に知り合った方たちの明るさが支えに
編集部: 病気が判明したときの心境について教えてください。 ミカさん: まずは要精密検査になった際に、すごく驚きました。自分の年齢的にも、「青天の霹靂とはまさにこのこと」といった感じでした。自覚症状がなかったので、「大丈夫だろう」という思いもありました。 しかし、紹介状を書かれたとき、紹介先が「がんセンター」だったので、「私はがんなのか……」と思いながら病院に行ったため、可能性が高いと言われた時もさほど動揺はありませんでした。 編集部: ご家族には伝えていたのですか? ミカさん: 伝えていませんでした。家族にも誰にも相談せず、どれが最適な治療なのかをひたすら自分で検索していたように記憶しています。 また、私はシングルマザーであることから、そういった病院では珍しく一人で受診していました(もちろん、誰かを同伴しなければならない診察もありました)。 呼吸器内科受診後に、呼吸器内科の看護師さんが来てくださり、私の年齢や家庭環境を考えて心配してくださいました。自分を気にしてくださる方がいることに涙が流れました。 編集部: 発症後、生活にどのような変化がありましたか? ミカさん: 物理的に右肺の一部を摘出したので、術後すぐは咳が続いたり息苦しさを感じたりといった状況が続きました。ちょうどコロナ禍だったので、咳を我慢することができず、極力外出しないようにしていました。 会社については、入院が決まった時点ですぐに休みが取れるよう配慮していただき、2週間後には休みに入り、約2カ月ほど休みをいただきました。 術後は9日で退院しました。咳がなければ1カ月くらいで職場復帰もできたかも知れません。今の手術の技術はすごいなと感心しました。 編集部: がんに向き合う上で心の支えになっているものを教えてください。 ミカさん: 私が心持ちを前向きにできている一つとして、入院時に知り合った方々の影響が大きかったと思います。入院病棟は呼吸器および神経の患者さんがメインのフロアで、入院患者は私の2倍くらいのご年齢の方が大半だったのですが、みなさんがとても明るかったのです。 私よりも病状は悪かったと思うのですが、明るく前向きで「一緒に散歩にいこう」と誘ってくださったこともありました。 コロナ禍で、家族や友人などがお見舞いに来られない状況下で明るい会話をできたことは本当にありがたく、感謝してもしきれません。 また、ネットの記事やブログにもとても支えられました。「自分だけじゃない」とふさぎこむことなく、誰かと会話すること・共感できる状況を作ることはとても大事だと思いました。