キリン「ファンケル買収」の紆余曲折が残した教訓、TOB期限を3度延長、価格約4%引き上げやっと成立
しかし、結果的に多くの株主がTOBに応じた。これはファンド側にとっても大きな誤算だったとみられる。 別の国内系ファンドの関係者は「株主総会でも株主提案に賛成しないようにファンドが説得されてしまうケースは多い。一部のパッシブファンドが会社側の説得に応じてTOBに応募したのではないか」と分析する。 そのうえで「本当にTOB価格が低いと言うなら、ファンド側が資金を確保して、2800円よりも高い価格で対抗TOBを仕掛けるべきだった。そうすればもっとほかの株主から支持を集められただろう」と指摘する。
今回の騒動は企業側にとって2つの教訓を残した。1つはTOBの価格設定だ。2800円のTOB価格では少数株主の過半が提案に応じたものの、2690円では十分な応募がなかったとみられる。 伊藤忠商事によるファミリーマートの完全子会社化や、大正製薬ホールディングスのMBOなど、価格を巡って大株主と少数株主が対立するケースは増えている。 こうした場合、TOBに応じなかった株主が裁判所に対して適正な価格を決定するように申し立てる場合があり、最終的な決着まで年単位の時間を要する。既存の大株主がTOBを発動する場合の価格設定は、従来以上に慎重な判断が求められている。
また、下限となる株式数の設定にも気を配る必要がある。パッシブファンドの株式数を考慮しないで設定すれば、場合によってはファンド側が数%程度株式を買い集めるだけで、TOBの成立を阻止できてしまう可能性がある。実際、9月4日にはアメリカのプライベート・エクイティファンド、KKRが富士ソフトに対して実施するTOBで、KKR側が下限の株式数を引き下げた。 「パッシブ・インデックス運用ファンド等が少なくとも、当社(富士ソフト)株主の8.2%程度所有している可能性がある」ため(会社側のプレスリリース)だという。
■紆余曲折だった買収劇、成果が問われる ファンケルを手中にしたキリンは今後、ヘルスサイエンス(健康関連)事業の成長加速を狙う。ファンケルの強みは、通販と直営店舗の販売で7割を占め、豊富な顧客データをもとに顧客へアプローチできること。キリンは今回の買収でファンケルの販路を活用した自社商品の拡販や購買リピート率の向上を狙っている。 また、海外事業でもシナジーを狙う。キリンは昨年8月にオーストラリアの健康食品最大手・ブラックモアズを買収。同社はオセアニアや東南アジアでシェアが高く、各国の食品規制対応に詳しい人材も擁する。海外売上比率が現状1割程度のファンケルにとって、サプリメントなどの海外売り上げ増に向けた好機にもなりうる。
紆余曲折を経て、最終的に約2300億円を投じたファンケルの買収劇。投じた資金と労力に見合うだけの統合効果を引き出せるか、これからがキリンHD経営陣にとって本当の正念場となる。
梅垣 勇人 :東洋経済 記者/田口 遥 :東洋経済 記者