袴田さん再審無罪は「2024年を“象徴”する判決」 証拠のねつ造、えん罪…捜査機関の“無謬神話”崩れた1年
無罪判決まで58年の歳月「強く恥じるべき」
袴田さんが逮捕されてから再審無罪判決を受けるまで、58年。杉山弁護士は、これだけの時間を要したことに「日本社会は強く恥じるべき」と語調を強める。 「袴田氏がえん罪ではないかという話は、もうかれこれ20年以上も指摘されてきました。今回ねつ造と認定された証拠のおかしさについても、ずっと言われてきたことです。辛うじて生きている間に無罪判決が出ましたが、袴田さんの人生も人格も回復できない被害を受けています。このあまりに遅すぎる事実の訂正は、マスコミによる事件報道なども含め、刑事事件に対する意識を改めるべきだと示したといえるでしょう」 これまでも再審無罪判決が出た例はあり、その度ごとに刑事司法制度の在り方は問われてきた。しかしその中でも、今回の判決は特筆すべき点があると杉山弁護士は続ける。 「判決の中で、検察官の供述調書すら『実質的にねつ造したもの』と指摘されたことです。被告人が述べていることを正しく聴取しようという最低限の姿勢すらない捜査が行われたことが、判決によって指摘されたのは非常に大きいことだと思います。本来、捜査も取り調べも人間が行っているものですから、ねつ造のような不正な人間の関与というのも、たとえ検察官や警察官であろうが起きてしまうのは当たり前のことです。それを『ある』と認めたことに、刑事司法の進歩を感じました」
個人も持つべき「推定無罪」の意識
一方で杉山弁護士は、袴田さんの再審無罪判決が今後の刑事司法制度に変化をもたらすのかについて、懐疑的に見ているという。 「捜査機関の誤りが指摘されたのは今回が初めてではありません。しかし、人質司法と言われる実務などは、大きくは変わらずに来ています。『たまに起きてしまうミスであって、ほかは真っ当なのだ』という捜査機関の意識も、変わらず存在しているように思います」(杉山弁護士) その上で、えん罪を防ぐには、“事件とは関係のない”人、つまりわれわれの意識も変えていく必要性があると杉山弁護士は指摘する。 「まず事件報道に対して、警戒感を持ってほしいと思います。報道機関の多くは、警察や検察が流した情報を何ら裏取りや確認をせず垂れ流しています。自己取材を重ねる週刊誌の方がまだマシなくらいで、捜査機関からオフィシャルに、あるいはこっそりと渡された情報を報道し、その後事実の誤りがわかっても報道機関は何も責任をとりません。 そして、袴田事件のように『犯人ではなかった』というわかりやすいえん罪とは別に、法律的にみると犯罪には当たらないという無罪も存在します。たとえば、酷いことをしたとしても、ここまで重い犯罪が適用されて罰せられる理由はないという場合も、えん罪に当たります。ですから、えん罪を防ぐために被告人の反論に対しては怒らないでほしいと思います。被告人の主張を封じられては、事実が正しく守られません。被害者とされている人が怒るのは当然ですが、世間が怒って良いのは、十分な反論が行われてなお、その反論が裁判で排斥され、うそだと確定してからではないでしょうか」 袴田さんの無罪判決が確定した後、地元紙の静岡新聞や全国紙の一部は〈(逮捕)当時の報道は人権侵害だった〉として謝罪文を掲載した。時代は変わり、インターネットを利用すれば誰でも情報を発信できるようになった現在。えん罪を生まないためには、一人ひとりが「推定無罪」の考え方を持って報道を受け止め、発信する責任があると言えるだろう。