「母の要求は私を股裂き状態にする」ある摂食障害の女性が吐露した母娘問題、根底にある祖母から連なる団塊世代の特異性とは
■虫のいい要求 母との関係に苦しむ30代の女性たちが決まって口にするエピソードがある。60代の母親が同窓会に出席したあと必ず機嫌が悪くなるのだという。 「友達はみーんな携帯の待ち受け画面が孫の顔なの、男も女もよ……」「もうこれから同窓会に出るのはやめることにしたわ……」こう言って大きなため息をつき、娘の顔を恨めし気に見上げるのだ。 彼女たちはそう語りながら憤懣(ふんまん)やるかたないという顔をする。「だって仕事に男も女もないでしょ、って言ってきたのは母親なんですから」「仕事で頑張っている私を応援するって言ってたのに、ここにきて急に孫の顔が見たいなんて、どうしたらいいんだか」 一流大学に通う娘を誇り、有名企業に就職してバリバリ働く姿を応援してきた母親は、娘の年齢が30歳を超え出産上限年齢に近づくにつれて、微妙にその要求内容を変化させる。専業主婦であるがゆえに味わったみじめさを娘には味わわせまいとして、とにかく経済力をつける、できれば医師・弁護士といった資格を取得するように進路を誘導してきた母たちは、仕事も結婚も、そして孫を出産することも巧妙に強いるのだ。 あからさまな強制ではなく、「母の期待に沿ってあげられない私って駄目な娘だ」「孫の顔も見せてあげられない私って」と娘の自己責任意識を刺激するように行われる。なんて虫のいい要求なんだろうと思いつつも、面と向かうと母には何も言えず、そんな自分に腹が立つ娘たちなのだ。母は若さ以外では、娘をはるかに凌駕しているのだ。
■股裂き状態から婚活まで 90年代の初めだったろうか、摂食障害の女性たちが口々に訴えていたのは「母の要求は私を股裂き状態にするんです」ということだった。男に伍して競争社会に参入してエリートになれという要求と、結婚・出産という女の幸せを手に入れろという二つの要求が時には二律背反になってしまうことを、母たちはほとんど理解できなかった。 「どうしてでしょうか、それって当たり前のことじゃないですか」とあっけらかんと語る母親たちに会うたびに、食べ吐きを繰り返して痩せていく摂食障害の女性たちの気持ちがわかるような気がしたのである。 あれから 25年以上が過ぎ、一部の女性たちに先鋭化して表現されていた股裂き状態は、婚活という女性の側の積極的行為として読み換えられるようになっている。人生を勝者として生き抜くためには、仕事と結婚、そして妊娠・出産というアイテムをすべて獲得する必要があるのだ。 結婚とはかつてのような人生のあがりではなく、ゲットすべき最大の駒の一つなのである。そこからは二律背反的股裂き状態という悲劇性はなくなったかに見えるが、果たしてそうだろうか。 プラス思考でノリのいい婚活と、経済的余裕のある女性の不妊治療への取り組みは、かえって女性内部の格差を明らかにしたように思う。シングルマザーや非正規雇用女性の貧困化はさまざまな媒体によって指摘されているが、彼女たちの中には、経済的依存に伴う母との関係を忌避するためにあえて実家に頼らない選択をする女性も多い。金銭的援助を受けながら親子関係の距離を保つのは至難の業だからだ。