エイズを「根治」する術と、それに挑んだ男たち(前編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第55話 今回は、筆者のもともとの専門であるエイズウイルス研究の話。エイズはいまだに「根治」することができない病だが、実は研究レベルでは「根治する方法」は存在するという。人類史上初めてエイズを克服した男、通称「ベルリン患者」のエピソードを紹介する。 * * * ■エイズは、「治療」できるが「根治」できない 新型コロナの研究を始める前、私はエイズウイルスの研究を専門にしていた。この連載コラムでも紹介したことがあるが(24、25話)、エイズの原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(HIV:human immunodeficiency virus)は、1983年に発見・同定された。それ以来、40年以上にもわたって、莫大な研究費が費やされ、詳細な研究がなされている。90年代半ばには薬でエイズを「治療」する方法も開発され、現代のエイズは「死の病」ではなくなった、とも言える。 しかしここに、勘違いされやすい大きな理解のギャップがある。それは、エイズは、「『治療』はできるが、『根治』はできない」、ということである。 上で述べた通り、エイズを「治療」するための薬はたくさん開発されている。そのため、その薬を「服用し続ける」ことができれば、エイズの「発症を抑える」ことはできる。しかしここでのミソは、この「服用し続けなければならない」というところにある。 風邪やインフルエンザ、COVID-19という感染症は、多くの場合、「安静にする」「栄養をとる」、そして必要があれば「薬を服用する」ことで、その原因ウイルスをからだから「排除」し、治る、つまり、平常な状態に戻ることができる。そのようなことを「根治(英語では、『cure』あるいは『eradication』)」と呼ぶ。 エイズに残された最後の大きな課題のひとつはここにある。薬はあるので「治療」はできる。しかし、エイズの発症を抑えるためには、この薬を一生服用し続けなければならない。いくら薬を服用しても、エイズウイルスをからだから「排除」することはできないからだ。つまりエイズは、いまだに「根治」することができない病なのである。 ――しかし、一般に適用するにはまだ尚早な、コストもリスクも計り知れない研究レベルの話ではあるが、エイズを「根治」する方法は実は存在する。 それはいったいどのようなものか? 今回のコラムでは、人類史上初めてエイズを克服した男、通称「ベルリン患者(Berlin patient)」のエピソードを説明していく。