実は戦前の作品だと語尾「~ぜよ」じゃなかった「坂本龍馬」 ニセ関西弁など「方言コスプレ」を探る一冊(レビュー)
地方出身の友人と話していて、「地元」の言葉が相手の口からふと出ると、あ、いいなあと思う。標準語のみで暮らしてきたので、方言を持っている人が羨ましいのだ。憧れもあって「~してはる」とか「~やろ?」とか、それらしい言い回しをLINEなどで時々使ってしまう。そう、コスプレのように。
田中ゆかり『「方言コスプレ」の時代 ニセ関西弁から龍馬語まで』は「方言っぽい言い回し」をヴァーチャル方言と名付け、その「普及」を繙きながら言語活動の変遷を辿った学術書。東北方言=素朴、沖縄方言=あたたかいといったイメージがどのようにヴァーチャル方言に反映されているか、NHKの大河ドラマや朝ドラの「方言指導」はいつから採り入れられたのかなど、日本語社会での方言の扱われ方、標準語との関係が多角的な視点で読み解かれてゆく。中でも面白かったのは、サブタイトルにもある龍馬語だ。土佐弁の「~ぜよ」「~ちゃ」といった語末が醸す力強さが特徴のひとつである龍馬語。戦前の作品では「方言キャラ」ではなかった坂本龍馬が「土佐弁のヒーロー」として確立されていくまでの経緯が非常に興味深い。
小路幸也、大崎善生など64人の書き手がなじみ深い方言について綴った『とっさの方言』(ポプラ文庫)は、資料的な要素もあるエッセイ集。戸惑い、笑い、誇りなど、様々な起点から浮かび上がる思い出や見解が方言の個性と混ざり合い、言葉のカラフルさと豊潤さを見せてくれる。気軽に読めて深々としたものをもらえる一冊だ。
方言を魅力的に書く作家はたくさんいるが、『とっさの方言』にも寄稿している絲山秋子は達人のひとりだ。女子大学生の「花ちゃん」と名古屋出身のサラリーマン「なごやん」が、入院中の福岡の精神病院から脱走し南へと驀進するロードノベル『逃亡くそたわけ』(講談社文庫)は、九州の言葉を貫く花ちゃんと、絶対に名古屋弁を使わず標準語で通すなごやんの掛け合いがとにかく楽しい。なごやんのラストの叫びに爽快感が詰まっている。 [レビュアー]北村浩子(フリーアナウンサー・ライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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