「野菜一つ100円では飯は食えんです」「飢えるのは時間の問題」 深刻過ぎる農家の実情をレポート
年間700戸のペースで廃業
畜産農家の経済状況も、畑作農家に負けず劣らず厳しいようだ。10年前にバター不足が問題になり、生乳増産のために、設備投資などに最大半額を補助する制度(畜産クラスター事業)ができたが、コロナ禍で牛乳の消費が落ちて生産が抑制されたために借金が返せなくなっている人が多いという。24年2月現在、全国に1万1900戸の酪農家がいるが、近年は年間700戸のペースで廃業している。このまま減少すれば17年後にはゼロになる。「スーパーから成分無調整の牛乳やバターが消えるのは時間の問題」(古庄さん)だそうだ。
20年後にはたった30万人に
次々と農地が消えている。農地が消えることは、農家も消えることを意味する。1960年代には1000万人以上いた基幹的農業従事者(仕事として主に農業に従事する者)は、2000年に240万人になり、20年には136万人まで激減した。農水省は20年後に30万人になると予測しているが、実際はもっと減るだろう。現在の減少率で計算すれば、確かにその数字になるが、農家に聞くと「75歳を過ぎたらやりたくない」という声が圧倒的に多いから、5年もすれば、現在のボリュームゾーンである70代前半の農家が一気にやめるはずである。 農水省はこの問題にどんな対策を取っているのか。 ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、日本の食料安全保障を柱にした「食料・農業・農村基本法」(以下、新基本法)の改正案が、5月29日に国会で成立した。「農政の憲法」といわれるその法律の第2章第3節「農業の持続的な発展に関する施策」を見ると、「農地の利用の集積及びこれらの農地の集団化」と「先端的な技術を活用した生産方式」との文言がある。おそらく農家が30万人に減少することを前提に、農地をまとめて大規模化し、農水省が喧伝するロボットやドローンを使ったスマート農業で省力化して生産性を上げようというもくろみなのだろう。
「農業で生活できないのは国の責任」
しかし現場の農家からすれば噴飯ものである。そんな声を紹介する。 「30万人で日本の食をどうやって支えるの? それに大規模農家ばっかりだと村がなくなる、文化も消える。農業は地域に人がいて、農村があって成り立っているんだ。本気でやるなら百姓と話をすべきだろ」 「この一帯の農家に話を聞いたという官僚もいなければ政治家もいない。昔は代議士の口から農業のことがよく出たが、今は農業なんて聞きやしないね」 「アメリカやヨーロッパのように、農家の所得を補償する直接支払いをしないと無理なのに、いまだに市場に丸投げしている。農家が農業で生活できないのは国の責任じゃないか」 労働力に対して生み出す金銭的価値は、工業より農業のほうが少ない。だから農業を工業と同じように市場原理に任せるべきではないというのは経済学者の宇沢弘文氏も指摘したことだ。つまりその差を埋めなければ格差ができるということで、アメリカもEUも農家に直接所得補償をしている。ところが日本は、野菜からコメまで市場原理にまかせているから、赤字になる農家が続出しているのである。 本来農地は社会にとって共通の財産であり、宇沢氏の言う「社会的共通資本」なのに、これすらも市場で売買されているのだ。 こう言った農家がいた。 「600万ヘクタールあった農地が430万ヘクタールに減り、25年前に240万人いた基幹的農業従事者が半分になった。農政の何が問題なのか、あの新基本法は、そのことを全く検証していない。大事なのはロボットじゃないんだ、人と農地だよ。農地も農家もこれほど減少したのを総括もしないで、何が食料安全保障なんだ。それなのに政治家は議論もせずに新基本法を決めてしまった。めちゃくちゃだよ」