「野菜一つ100円では飯は食えんです」「飢えるのは時間の問題」 深刻過ぎる農家の実情をレポート
「やっと見つけた土地を売ってほしいと言われ…」
さて、TSMCの進出による不動産価格の高騰で、うまく農地が売れた農家には僥倖だったが、逆に困っているのが畜産関係者である。熊本県でもこのあたりは畜産王国ともいわれ、JA菊池(菊池市、合志市、大津町、菊陽町)の生乳生産量は8万8000トンで販売額は97.8億円と西日本一だ(いずれも2022年度)。 大津町にある古庄牧場の古庄寿治さん(68)は言った。 「うちの牧場は、元は別のところにあったのですが、熊本地震で使えなくなって、やっとここを見つけたのです。この牧場の周辺に飼料畑が7ヘクタールほどあります。そこでトウモロコシを栽培(年二期作)してエサにしているんです。輸入飼料が高騰して、自前でエサを作らないとやっていけません。それなのに、そこに物流センターを建てるので売ってほしいというんです。4階建てのビルを建てて1500人雇用するそうですが、うちは代替地をもらえなければ廃業ですよ」
「農は置き去り」
農地が売れて喜ぶ人もいるが、古庄さんは違う。 「野菜農家なら、今売ってもあとで別の農地を買うという手もあるでしょうが、私たちのような畜産農家は、糞を処理しないといけない、エサを作らないといけない。そんなこんなで一時でも中断することはできないし、代わりの飼料畑を自分で見つける時間もない。だから用意してほしいと言ってますが、難しい……」 この辺は畜産が基幹産業なのだから、行政も配慮するのかと思ったが、どうもそうではないらしい。 「私は農業委員会の副委員長もしていますが、過去に農振(農業振興地域の指定)を外してほしいと県に申請しても、まず外してくれなかったのに、今は県が勝手に外しています。なんでと聞くと、TSMCのために何ができるかというんです。農工商は同じと言いながら、農は置き去りなんですね」
「1億や2億もらっても…」
企業がやってくると、農家や不動産業者だけでなく、行政も舞い上がるのはどこも同じのようだ。例えば優良農地を確保するためにゾーニング(土地を農用地区域として指定すること)をしようとしても地方自治体が反対するのである。「食」の自給よりも税収を増やすことの方が重要なのだろう。 飼料畑を狙われて困っているのは古庄さんだけではない。つだ牧場(大津町)の津田朋哉さん(30)もそうだ。牧場以外に所有する畑約8ヘクタールと、借りている畑17ヘクタールの計25ヘクタールでエサ用のトウモロコシを作付している。すでにTSMCの工場周辺に借りていた土地3ヘクタールは、地主から「売るから返してくれ」と言われて返したという。いわゆる農地の「貸しはがし」である。それに加え、今、工業団地を造るので牧場周辺にある飼料畑7ヘクタールの半分を売ってくれと大津町から言われているのだ。 「これまで糞尿を堆肥にして畑にまいていましたが、隣に工業団地ができれば、臭いが問題になって、それもできなくなります。代替地を探していますが、見つけるのは難しいですね。だからといってやめるわけにはいかないんです。畑作農家と違って、畜産農家は牛舎を建てるだけで億単位のお金がかかります。うちも5億円ぐらい借金があります。1億や2億のお金をもらっても、とても間に合いません。売ったら自分の首を絞めるだけです」