なぜ獲ったの…。横浜F・マリノス、謎すぎた歴代外国人選手6人。元レアル・マドリードMFも
FW:マルセロ・リパティン(ウルグアイ) 生年月日:1977年1月28日 在籍期間:2001年1月~同年12月 Jリーグ成績:1試合0得点 マルセロ・リパティンは2001シーズンに横浜F・マリノスに加入した助っ人だが、全くファンの印象には残らなかった。 ウルグアイ人のリパティンは、パリ・サンジェルマン(PSG)の下部組織で育ったFWで、2001年に加入した横浜F・マリノスでは背番号7を身につけた。ウルグアイの世代別代表でアルベロ・レコバとコンビだったという触れ込みでやってきたが、5月12日のアビスパ福岡戦でデビューしたのを最後に、横浜F・マリノスの選手としてピッチに立つことはなかった。 その後のキャリアでは、2002/03シーズンにメキシコのクラブ・アメリカでリーグ戦で11得点を挙げており、2006/07シーズンにはポルトガルのマリティモで7得点を記録した。ヨーロッパで一定の実績を残したと言えるだけに、横浜F・マリノスでなぜうまくいかなかったのかが、なおさら謎を深めている。
FW:レアンドロ(ブラジル) 生年月日:1974年9月29日 在籍期間:2001年2月~同年7月 Jリーグ成績:3試合0得点 レアンドロは2001年に横浜F・マリノスに加入したFWで、背番号9を付けたが、ほとんどピッチでは輝けず、無得点で日本を去った。 ブラジル人のレアンドロは、母国で目立った活躍をしていなかったが、1997/98シーズンから過ごした香港で活躍した。1999/2000シーズンは香港リーグ得点王になっている。 そのレアンドロは、2000年2月に開催されたカールスバーグカップで香港リーグ選抜の1人として、サッカー日本代表と対戦したメンバーにいた。その際に横浜F・マリノスが目をつけたのかは分からないが、翌年Jリーグにやってきている。 しかし、Jリーグではなかなかフィットせず。184cmの身長に加えてフィジカルも強く、前線の空中戦でターゲットにはなれたが、それ以外の能力はインパクト不足で、加入半年で退団した。