星野仙一が猛批判「あなたたちは時代が止まってる」年俸10億円説も…“巨人・星野監督”、なぜ誕生しなかった? 落合博満も星野も巨人OBから嫌われた理由
40歳での鮮烈なFA宣言、巨人へ電撃移籍した落合博満……1993年12月のことだった。 あれから30年。巨人にとって落合博満がいた3年間とは何だったのか? 本連載でライター中溝康隆氏が明らかにしていく。連載第19回(前編・後編)は「落合博満はなぜ巨人OBから嫌われたのか?」。“巨人・星野監督”が誕生しなかった理由から見える共通点。【連載第19回の前編/後編も公開中】 【貴重写真】「不仲説も…」星野と落合が酒を飲むツーショット、2人の握手シーン&落合が死球で激怒する場面、20代のカッコイイ落合などすべて見る(25枚超) ◆◆◆
「お前ら42歳まで野球をやっていたのか」
「とにかくね、今年はコンチクショー、コンチクショーと思いながら野球をやっていたからさ。何を言っているんだ、このジジイどもって。その気持ちが強かったから、何とかもったんだけどね」(不敗人生 43歳からの挑戦/落合博満・鈴木洋史/小学館) 1996年、42歳の落合博満を突き動かしていたのは、球界OBたちからのバッシングに対する「反発心」だった。「お前ら、42歳、43歳まで野球をやっていたのか。その時、3割打っていたのか」。外野から好き勝手言っているアイツらを黙らせるには、バットで結果を残し続けるしかない。落合は歳を重ねて丸くなるどころか、怒りをモチベーションに変えて、自らを鼓舞した。長嶋監督の意向でプロ4年目の松井秀喜に4番を譲って開幕するも、5月になると実力でその座を奪い返し、6月には打点王争いのトップに立った。自身の限界説を嘲笑うかのように、5年ぶりの打撃タイトル獲得すら現実味を帯びていた。
なぜ落合は巨人OBに嫌われたのか?
「一般のファンが好きなことをいうのは仕方がない。でも、同じ職業だった人間に『あいつはもうトシだから』といわれるのだけは嫌だね。そういうことをいってる奴らが、現役の時にどれだけのことをやった? 我々と同じだけのことをしたか? 長嶋さん、王さんにいわれるならしようがないよ。だけど、そのへんのペイペイの訳のわからない奴にああだ、こうだいわれたくないね」(週刊ポスト1996年4月19日号) この『週刊ポスト』収録の金田正一との座談会で、通算3085安打の張本勲は「ハッキリいうと、落合を外すべきなんです。大久保(博元)が引退したあとの右の代打の切り札がいない、攻守に機動力を使いたい、若手の台頭を妨げる……と理由は3つ」と“落合不要論”をぶち上げた。ちなみに金田も張本も、現役時代の終盤に他球団から巨人へ移籍してきた大物の“外様組”だ。にもかかわらず、同じような立場の背番号6を手厳しく批判し続けた。 なぜ、落合はここまでOBたちに嫌われたのだろうか? 特に巨人に関係するOBたちのオレ流に対する嫌悪感は在籍3シーズン目を迎えても凄まじいものがあった。もちろん、誰よりも高い給料を取り、名球会入りも拒む先輩に媚びない生き方が反感を買ったという面はあるだろう。だが、それ以上に自分たちが独占してきた、球界に絶対的な影響力を持つ「巨人軍の甘い蜜」を余所者に奪われる危機感や嫉妬が渦巻いていたのではないだろうか。
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