強迫神経症で動けなくなることもあるのに…精神疾患の男性が「退院」を希望し続けた「もっともな理由」
「大丈夫です、退院します」柳川さんは固く決めていた
柳川さんが入院を経てアパート暮らしを始めた背景は、次のようなものでした。 彼の年齢は40歳代後半といったところでしたが、以前は市内の下町で母親と一緒に暮らしていました。その母親が施設に入所後、一時的との予定で始まった柳川さんの入院が、5年ぐらいに長引いていたのです。 主治医は患者の地域生活を重視する人でした。だから私に、「入院が長くなっているけど、そろそろ退院を考えているので関わってもらえませんか」と依頼してきたのです。そこで私は彼への支援を始めました。自己紹介をした後、話が退院のことに及ぶと、柳川さんは、 「大丈夫です、退院します」 と仰います。何度聞いても、アパートで暮らしたいという彼の決意は堅固なもののように感じられました。 退院を検討していた時点での柳川さんには、「いったんこだわり始めると、しばらくのあいだ身動きがとれない」という症状がありました。このため火の管理、金銭管理、食事をはじめ、心配な要素も多かったのですが、本人のたっての希望で、柳川さんは一人暮らしを始めたのでした。 とはいえ、人懐っこく人気者の彼は、さびしくなるとときどき病院を訪れ、入院していた病棟へ遊びに行き、そこでラーメンをご馳走になったりしていたのです。
重すぎる医療費の自己負担を軽減してくれる制度がある
精神科における入院のありかたについては、以前からいろいろな議論があります。ここでは深入りしませんが、どこで暮らすのであれ、精神疾患・発達障害を抱えた人は、柳川さんのように医療・福祉と長く関わりながら生活することになるケースが多いのは確かです。 そこで問題になるのが「医療費をどう捻出するか」ということでしょう。 国民皆保険制度のわが国では、窓口負担は安く抑えられています。しかし「チリも積もれば山となる」というように、長期にわたり医療を利用し続けていれば、自然と負担は大きくなります。また、精神科領域ではない他の病気を併発してしまい、治療費がさらにかさむ……などということもあり得ます。 ですから、精神疾患・発達障害を抱える子とその家族にとって、医療費負担をどう軽減するかは重要な課題なのですが、幸い我が国には、「医療費助成」の制度がいろいろあり、条件さえ合えば利用することができます。 なかにはあまり知られていないものもあるので、この機会に記事後編でそのあらましを紹介したいと思います。 *この記事のエピソードは以下の文献から引用しました。 青木聖久『第3版 精神保健福祉士の魅力と可能性 精神障碍者と共に歩んできた実践を通して』(やどかり出版、2015年)98-100ページ 後編〈あなたの地元にもあるかも…精神疾患・発達障害がある人むけの「医療費助成」、実はこんなにあった!〉へ続く。
青木 聖久(日本福祉大学教授、精神保健福祉士)