強迫神経症で動けなくなることもあるのに…精神疾患の男性が「退院」を希望し続けた「もっともな理由」
日本福祉大学で教鞭をとる青木聖久教授は、かつて精神科病院で働いていたとき、精神疾患で円滑な日常生活が危ぶまれる男性の退院を手伝ったことがある。本人が強く希望していたからだ。症状で困っているのに、なぜ男性は地域で住むことを選ぶのか、そこには実にもっともな理由があった。青木氏の新刊『発達障害・精神疾患がある子とその家族が もらえるお金・減らせる支出』をもとにした特別記事をお贈りする。 【画像】死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由
病院の階段をあがれない……強迫神経症の柳川さん
かつて私は精神科病院で勤務していましたが、その病院を利用していた柳川さん(仮名)という男性(患者)は、他の患者や職員など、だれからも好かれる「愛されるキャラ」でした。一見すると疾患を抱えているとは思えない彼に、医師が出した診断名は「強迫神経症」。これは強い不安やこだわりによって、どうしてもある行動をくり返してしまい、日常生活に支障が出る精神疾患です。 たとえば、病院ではこんな光景がよく見られました。柳川さんが、階段をのぼって病棟へ行こうとしています。ところが、強迫症状が出ているのでしょう、何度も助走するのですが階段をのぼる「はじめの一歩」が出ません。 そこで私が柳川さんに、「やながわさーん」と少し大きめの声をかけます。すると、「あー、青木さん」……柳川さんはそう答えて、頭をかきながら笑顔で階段をあがって行きます。私が呼びかけることで気が逸れたから、のぼれるようになったわけですが、こうした場面がたびたびありました。
アパートで食う飯は、病院の飯よりもうまい!
そんな柳川さんは、病院がある地域でアパートを借りて一人暮らしをしていました。強烈なこだわりに縛られている柳川さんの地域生活……まだ若かった私はそれがどうしてもイメージできず、また困っていることがあれば力になりたいとの思いもあり、彼が来院したときにこう尋ねたものでした。 青木「ちゃんとご飯、食べてますか」 柳川「食べてますよ、朝はパンとコーヒーです。アパートの近くに、店の中で食べられる所があるんです。110円の缶コーヒーと一緒に食べてます。昼はラーメンが多いですね」 青木「夜は外食が多いんじゃないですか」 柳川「いいえ、ご飯も炊いてますよ。でも、○○という大衆食堂へ行くことが多いですね」 青木「そうですか、しかし、高いんじゃありませんか」 柳川「刺身が400円か500円、卵焼きが220円、味噌汁が120円、中飯150円です。中飯と卵焼き、そして味噌汁を頼むことが多いですね」 こう言った後、柳川さんはしみじみとこう付け加えました。 「そらね、青木さん、アパートで食べる飯はうまいですよ」 つまり、自分の家で・地域のなかで食べるご飯は、病院食に比べて格段においしい……そうおっしゃったのです。