伊藤美誠は泣きながら母に伝えた「卓球が嫌になった状態でやめたくない」 五輪選考レースが終わった今だから明かせる当時の思い、そして世界ランク1位へ新たな挑戦
「東京が終わって普通であれば、パリに向けて一息置いてから自分のタイミングで再出発しないといけないけど、準備が全くできなかった。今(選考が)終わったから言える。途中であれば言い訳になると思い(気持ちを)吐けない部分があった。無理やり出発させてしまい、最初は自分の体に謝りたいと思った」 「自分は海外の試合に出て中国人選手と戦って勝つというのを夢見ていた。東京が終わってすぐに選考会があった時に、もう体がついていかないというか。パリを目指している訳でもないのに、何で出なきゃいけないんだろうと感じて。無理やり試合に出させられた感じがあった」 ▽母からの言葉「やめるか、パリを目指すのか」 最初の選考会の直後、2022年3月に行われた世界ツアーのシンガポール・スマッシュへ転戦した。「気持ちも体も全てボロボロになった」というタイミングだった。この遠征中、伊藤の様子を案じた母美乃りさんに諭された。「だらだら続けても面白くないし、楽しくないんだから、やめるか、パリを目指すかどっちかにしなよ」 伊藤は泣きながら母に伝えた。「こんな卓球が嫌になった状態でやめたくないという思いがあった。もう無理やりだけど、オリンピックを目指す」。肩の荷が少し下りてスッキリしたと同時に、選考レースを戦い抜く覚悟を決めた。
国際競争力を重視して世界ランクで代表を決めた東京五輪と違い、パリ五輪は国内外の大会成績に応じたポイントで決める方式だった。重視されたのは、6度の選考会や2度の全日本選手権など国内の成績だった。「世界ランキングであれば絶対にいけるという確信はあったけど、何度も選考会をやるのは自分にとって不利だ」と感じた。 伊藤は海外勢では少ない「表ソフト」と呼ばれる粒々のラバーをバックハンドに貼って戦う前陣速攻型だ。ミスを恐れず台に近い位置から速球を打つことで回転が不規則なナックルボールが出やすい一方、何度も対戦すると慣れられてしまう。また、自身と同様に異質ラバーを使った相手との対戦では苦慮したという。 「異質ラバーの選手に対し、自分は試合を重ねることで相手のボールに慣れて勝っていきやすいタイプ。でも海外の試合を頻繁にやれるわけではなく、成長がほとんどできなかった。どちらかというと日本人に合わせた卓球になって、面白さが欠けてしまった。それが上に行けなかった理由でもあった」