安静にと寝込んだら、さらに事態が悪化…高山に行くなら知っておきたい、「出たらヤバい」と思った方がいい高山病の症状と「その時、どうするか」
安静と聞いて「寝込む」と事態が悪化!?
ただし安静といっても、寝込んでしまうと、逆に酸素欠乏が強まることに注意してください(図「富士山頂での睡眠時の酸素欠乏の様子」)。 身体を起こして気持ちを引き立て、座って会話をしたり、散歩程度のごく軽い運動を したり、意識的に深呼吸をしたり、身体の保温をしたりして、積極的な回復に努めます。 (意識的な深呼吸については、次回記事で詳述します。) 反対に、症状があるのに激しい行動を続けたり、高度をさらに上げたりすれば、症状は悪化します。肺水腫や脳浮腫という、命にかかわる症状に発展するケースもあります。日本の山でも、肺水腫による死亡事故はときどき起こっています。 肺水腫とは、肺胞に体液がしみ出して、たまった状態です。 れて肺に水が入ったのと同じ状態になるので、酸素を身体に取り込めなくなり、じっとしていても息苦しさを感じます。 また、肺に水がたまっているので、呼吸をするたびにごろごろという音がします。血液が混じってピンク色をした痰が出ることもあります。このような場合には緊急事態なので、ただちに高度を下げるか、それができなければ酸素吸入が必要です。 肺水腫は、2000mを超える山で数日間の行動を続けた場合の、初日ではなく2~3日目に起こることが特徴です。日本アルプスで数日間の縦走をした場合の2~3日目に起こった、というケースが多くあります。このような高山で、高山病の症状が出ているのにハードな行動を続けることは禁物だと考えてください。
低酸素に対する行動適応
高山病は、次のような行動をすれば、体力の優劣には関係なく起こります。 A 高度を急激に上げるB 高度を上げるときに激しい運動をともなうC そのような上り方をした後に高所で眠る 富士登山でいえば、A 下界から山頂まで1日で上る、B 速いペースで息を切らしながら上る、C その晩に山頂に近い高度で宿泊する、となります。 高山病を防ぐには、この逆の行動適応をすればよいのです。 Aについては、前回の記事で取り上げた図「高山病との関連から見た高度の分類」に示した高度の各段階を、1日に1つずつ上げていくことが大原則です。1日目は準高所、2日目は高所に泊まり、3日目に高高所に到達する、ということです。富士山を日帰りで往復する登山は、この原則を根底から無視したやり方で、高山病に苦しめられるのは当然なのです。 乗り物で短時間のうちに2000m以上に到達した場合には、すぐに歩き始めるのではなく、1時間くらいはその場に待機して、安静にしたり、意識的な深呼吸*をしたり、散歩程度の軽い運動をします。そうすることで、多少なりとも低酸素に対する身体の順応が進み、高山病の発症を抑制する助けになるからです。 Bについては、酸素量が減ったぶんだけ登高速度も落とします。こちらも以前の記事で、ふつうの山での安全速度は300~350m/hだと言いましたが、富士山では250~300m/hくらいまで落とします。 こうすると、運動強度が小さくなるだけでなく、高度の上昇率も小さくなり、順応のための時間がかせげるという、二重のメリットがあります。小休止も多く取り入れて、順応のための時間をさらに確保するとよいでしょう。 Cの問題も、このように上ればだいぶクリアすることができます。 ただ、Bの条件は守れても、AやCについては日程の都合で、現実的には実行が難しいという人もいるでしょう。その場合は、高山病が起こって当然だという心構えと、そのリスクを小さくするような行動適応が必要です。 そこで大切になるのが「呼吸を意識すること」という行動適応です。 *記事中に出てきた「意識的な深呼吸」は、以下の次回記事に詳しい説明があります。 *高山における登山についての記事各回はこちらです。ぜひご一読ください。 あまりに過酷な環境に、軽装備すぎる…日常世界との「気温差30度」なんて、あたりまえの富士山。「事故が連発」して当然のワケ道端にしゃがみ込む人が増えていく…富士山で突然死も不自然ではない、心拍の実証実験で判明した「あまりに過酷な低酸素」環境 書名のリンクが無効の場合は、記事の下にある【関連記事】よりお進みください。 登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術 安全に楽しく登山をするために、運動生理学の見地から、疲れにくい歩き方、栄養補給の方法、日常でのトレーニング方法、デジタル機器やIT機器の効果的な使い方などをわかりやすく解説。豊富なコラムで、楽しみながら知識が身につけられます!
山本 正嘉(鹿屋体育大学名誉教授)