なぜ井上尚弥対ドネアのWBSS決勝は激闘・名勝負になったのか?「クリンチに逃げることまで用意していた」
8ラウンドには右ストレートを顔面に浴び傷口からの流血が激しくなり鼻血も止まらない。だが、佐久間トレーナーが懸命の技術で止血に成功する。 それでもチャンスと思ったのか。9ラウンド。ついにドネアが動く。 井上尚弥は、左のジャブを正面から受け、右のストレートを打ち抜かれた。空中遊泳のように手が泳ぎ、思わずクリンチに逃げた。最大のピンチの場面である。 「パンチ力? ガードの上からは、それほどでもなかったが、見えない角度からもらった。効いています。でもパニックにはならなかった。それまでのパンチの蓄積がドネアにはあった。あれを序盤に食らったら勢いがあるから、どうなったかわからない。でも僕の耐久性、打たれ強さは証明できたでしょう?」 ドネアもまた井上のパンチ力を警戒。あと一歩を踏み込めなかったのである。 10ラウンド、終了間際に右のショートを連発しドネアを棒立ちにさせるとコーナーに帰る際、両手を高く上げてグローブを揺らし観客を煽った。 それがGOサインの合図だったのだろう。 「右目のぼやけ方にも慣れたので行く。スタミナもいける」 真吾トレーナーにそう告げると勝負に出た。 あの左ボディでドネアをキャンバスにひざまずかせたのは、満場の観客席から「ナオヤ・コール」が起きたのと同時だった。 「試合前から言っていた世代交代を結果的にはできたかなと思う。期待通りの試合はきっとできていなかった。でもこれがボクシングということ。甘い世界じゃない。それを今日の試合を通してわかった。きょうの経験を次へ生かす。ドネアとWBSSで戦えたことはキャリア一番の経験になったと思う」 井上は、試合後、救護室で5針を縫う処置を受けた。 「思ったより傷が深くて、あと1枚、筋肉が切れていたならストップだった」と真吾トレーナー。一度もドクターチェックはなかったが、佐久間トレーナーの止血技術がなければ、どうなったかわからなかったという。 ドネアは、コーディネーターを通じて「井上は真のチャンピオンであることを証明した。自分が戦ってきた選手の中で、自分のパンチにあれだけ耐えられる選手は今までいなかったし率直におめでとうと言いたい」とだけ清きコメントを残した。頭痛などの症状はなかったが、本人が「念のために検査を受けたい」と希望したため、MRI検査を受けるため病院に直行した。