なぜ井上尚弥対ドネアのWBSS決勝は激闘・名勝負になったのか?「クリンチに逃げることまで用意していた」
ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)決勝が7日、さいたまスーパーアリーナで行われ、WBA、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥(26、大橋)が5階級制覇王者でWBA世界同級スーパー王者のノニト・ドネア(36、フィリピン)と12ラウンドの激闘を演じ3-0の判定で勝利した。試合後に世界的なプロモーターのトップランク社との正式契約が電撃発表。複数年契約で次の2試合を米国で行う計画だという。セミファイナルのWBC世界同級王座統一戦では暫定王者の井上拓真(23、大橋)が正規王者のノルディ・ウーバーリ(33、フランス)に判定で敗れた。初の兄弟ダブル世界戦をダブル勝利で飾ることができず、試合後、兄は「オレが仇を討つ」とウーバーリ戦の実現を訴えた。
カウント9で立ち上がったドネアの反撃
最上階までビッシリと埋まった2万2000人。満場のファンが全員立ち上がった。11ラウンド。井上尚弥の乾坤一擲の左ボディが炸裂した。右アッパーからボディを左から横殴りするコンビネーションブロー。 ドネアは横を向き、戦意を喪失したままリングをグルっと半周回って両手両膝をついた。片膝のままレフェリーのカウントを聞く。 「10カウントどころか、20秒近くあったんじゃないか」と大橋会長。 追撃をレフェリーが制したところからカウントはするべきだったが、レフェリーのカウントは、まるでドネアが立ち上がるのを待っていたかのようだった。だが、レフェリーが指で「カウント9」を示すと同時にグロッキー寸前の状態からすくっと立ち上がってきたドネアが凄かった。まだ1分以上残っていたが、井上尚弥が仕掛ける怒涛のラッシュをクリンチで逃げ、ロープを背に足を使いながら起死回生の左フックを狙い続けたのだ。 実際、その左が一発井上の頬を揺らした。 「打たれ強い。絶対に負けない、という気持ちを感じた。それ以上はいけなかった。もらったらやばいパンチも残っていた。不用意にいけなかった」 井上は、最後のところで警戒心を解くことができない。 仕留めることができずゴングを聞いた井上は、すぐにコーナーに座らず、両手でトップロープをつかみ、場内を見上げてニヤっと笑った。 「めちゃくちゃ楽しかったんです」 12ラウンド。なんとドネアが前に出てくる。井上も再度、左ボディを狙うが、あと一歩が踏み込めない。やがてゴング……。 「116-111」、「117-109」、「114-113」。英語でジャッジペーパーが読み上げられ「スティル(防衛)」とのリングアナのコールが響き井上尚弥は静かにその右手を挙げた。巨大なアリ・トロフィーは、“黄金のバンタム”の先駆者であるファイティング原田氏から贈呈された。 「ドネアはめちゃくちゃ強かったです。正直、皆さんの期待するようなファイトは出来ていなかった。でもこれがボクシング。これが今の実力です」 リング上で井上尚弥は、そう言ってレジェンドを称えた。 ダメージの激しいドネアはコーナーの椅子から立てなかった。井上尚弥は、そこへ歩み寄り健闘を称えた。 タオルをかぶって控室へ向かったドネアをファンは拍手で見送った。 「ドネア! ありがとう」 そんな声がたくさん飛んだ。 評論させたら、なかなかの蘊蓄を語るWBA世界ミドル級王者、村田諒太(帝拳)は、興奮気味にこんな話をした。 「11ラウンドに立ったのが凄い。ドネアには、左フックがあるから“狙うぞ”“狙うぞ”と見せつけ尚弥を警戒させた。ドネアの頑張りと存在が、この感動する試合を作った。いい興行だった。レジェントと若手の対決は、かつてのデラホーヤとチャベスの試合のように、昇る朝日か、沈む夕日かという試合で、昇る朝日が勝つもの。今日もその通り。歴史的な試合になった」 ドネアの勇気と井上の才能。 名勝負を演出したのは、世代抗争というイデオロギーの戦いを魂の激突に変えた2人の誇りと勇気にあった。