100年前の景観を残す兵庫「城崎温泉」“町全体でひとつの宿”だから、連泊して町めぐりを楽しみたい
CREAがはじめてひとり温泉を特集して7年。当時は「女性がひとりで温泉なんて!」と驚きを持って受け止められたこのテーマも、いつしか珍しくない光景となりました。 【画像】「富士見屋」の内湯は必見 好評発売中の「CREA」2024年秋号では、コロナ禍を経て、進化する“温泉地”を舞台に、めぐる旅を大特集しています。
コウノトリが運んできたローカルフード
糊の効いた浴衣に袖を通し、ひとりそろりと町に出る。くすぐったさはのっけだけ。時空を超え、映画のセットに忍び込んだような町並み、エキストラよろしく行き交う同じ着姿の人々。外湯をめぐり、体はほてり、やがて浴衣が着なじみするころ、昔なじみの自分が現れた。 バブル景気の波にもあらがい100年前の景観を保ち続ける兵庫・城崎温泉。めぐりめぐっていま、多様な旅人の心をとらえた。テーマパーク気分で訪れる若者も増え、また日本の文化体験を求める外国人観光客においては、8年で45倍にも。つれて素泊まりもできる、ひとりにもやさしい宿や店が増えた。 昨年改修を終えたばかり、路地奥に佇む旅館「富士見屋」もそのうちの一つ。「不必要なおもてなしや接触はしません」と言い切る若女将の松本美子さんは、もと旅雑誌の編集者。これまでのひとり旅経験から、付かず離れず、無沙汰にならず、気詰まりをほぐす設えやサービスを行き届かせる。「お風呂は小さいですので外湯にどうぞ」と、入浴券を渡される。 「町全体でひとつの宿」を標榜する城崎は、どの旅館も内湯は最小限、個性とりどり6つの外湯が待つ町へと誘い出す。人気は全面露天の「御所の湯」や洞窟風呂のある「一の湯」、また通りの足湯に浸かり憩う人もちらほら。この賑わいの背景には「湯はそもそもみんなのもの」という、わかちあいの精神が貫かれていることにある。 もし連泊が許されれば本領発揮、ひとりを持て余させない文化的な場があまたある。いろんな意味で“トリップ”できる映画館、選書センスも居心地もいいブックカフェ。「日に何度も来るひとりのお客様もいらっしゃいます」とは「短編喫茶Un」の藤原みなさん。電車待ちなどのスキマ時間に読書に耽るもよし、おこもりブースもあるので、気になる仕事を片付けてしまうのもいいだろう。 また外食のレベルもすこぶる高い。その理由を辿ると、1971年に絶滅したコウノトリに行き当たった。地域をあげて復活を試みるなか、昔ながらの自然環境に戻す必要があると、無農薬やあいがも農法などの栽培に切り替える野菜や果物の生産者が増加。ただ少量多品種ゆえ流通に乗せづらく、代わりに反応したのは界隈のお店や旅館の料理人たち。その共存共栄の関係により、ローカルフードカルチャーが育まれた。 「距離が近いですし、みんなすごく仲いいんで」とは、ナチュラルワイン好きがわざわざめざして訪れる「OFF」のシェフ、谷垣亮太朗さん。都内のレストランを経ていま「この瞬間、ここでしかできない料理」に心を注ぐ。「食材をものとしてじゃなくて、人として見ているので気持ちが乗るし、それをお客様にも伝えたいから」