鮨職人・幸後綿衣「鮨って“人間性”が出る。そこが厳しくて、おもしろいところです」
お店の空気感をコントロールする鮨職人に、人間力は不可欠です
── ソムリエに転身、という道もあったと思うのですが、鮨や鮨職人の世界は、それ以上に魅力があったということですか? 幸後 ワインを本場で学んでみて、ソムリエとして一流で生きていける気はしなかった。逆に「鮨職人で、ソムリエでもある」という自分の理想像が、くっきりした感じですね。 ── なるほど。先ほど「鮨には人間性が出る」とおっしゃいましたが、どういう意味ですか? 幸後 鮨って、カウンターの前に立って、2、3時間、自分が最初から最後まで作ったものを出して、お客様にどう思われるか、という世界ですから、やはり最後は“人間性”だと思うんです。 もちろん、十分に技術を取得して、それをお客様の前で発揮できるようにならなければいけない。それも一朝一夕でできることではありません。そのうえでさらに、お客様にいい空気感で出す、ということも大切です。その場のムードを調整することも必要で、そういう意味でも、鮨職人には人間的な魅力が備わっていないと、と思いますね。
── それって、とても難しいですよね。 幸後 そうなんです。人間的な魅力って何なのか、はっきりは分からないですけど、とにかく自分がやりたいことに向かって、一生懸命、ピュアに生きていくことが大切な気がします。私が尊敬する鮨職人の先輩は、プライベートも仕事も一緒、という人が多いです。で、日々、その人が過ごす様子が、鮨にあらわれてくるというか。 私自身は、いろいろなことを経験して知識を増やして、そこから感じるものが多いほど、自分が素敵な人になる気がします。だから、いろいろな場所に出かけて、たくさん人に会うことを心がけていますね。
「自分が提供するベスト」を考えるようになり、独立へ
── 修業の最後には、名店「鮨 あらい」の二番手になられました。すごいことですよね。 幸後 個室を任せてもらえる二番手は、入った時からの目標でした。お店のクオリティは高いし、新井さんは仕事に対してめちゃめちゃ厳しいから、そのハードルは確かに高いんです。でも、声がかかった時に「できます」と言える実力をつけようと人一倍努力してきたつもりなので、実際になれたときはうれしかったですね。 ── その次はいよいよ独立へ、となると思います。どんなタイミングで独立は見えてくるのですか? 幸後 憧れていた人、つまり新井さんに近づけるように努力していく段階から、「自分だったらこうしたい」が出てくるようになったころからですかね。 私も「鮨 あらい」で個室を任されるようになった最初の頃は、新井さんの仕事やメニューを踏襲してやっていましたが、それができるようになってから、徐々に、醤油はこうしたい、シャリはこうしたい、新しくこういう魚を仕入れて使いたいというのが出てきました。それを新井さんに相談して、基本的に自由にやらせてもらえるようになりました。