歌舞伎評論家・渡辺保先生に聞く、初心者のための鑑賞の心得&注目の若手歌舞伎俳優
「劇作家の小山内薫は『芝居入門』という本の中で、芝居を理解するためには、まず戯曲を読んで、芝居を観たら、もう一度、戯曲を読むのがいいと書いています。それが一番芝居を覚える方法だと。でも、素人の人にそこまでは言えないよね。そもそも台本をどこで手に入れたらいいかって話だし(笑)」と保先生。まったくその通りです。全部わかろうとしなくていい、ゆっくり理解すればいいというお話に勇気をもらった小僧でした~!!
■才能豊かで可能性を秘めた若手役者たち。皆さんもぜひ応援してください。
部長 ツウへの道は険しそうですが(笑)、推しの役者を見つけることは私たちにもできそうです。バイラの読者のために、「今、この人を見ておくといいよ」というおすすめの若手俳優さんを教えてください! 渡辺 たくさんいるので、何人か選んでお話ししますね。 まず坂東巳之助(35歳)。若手の俳優の中で、この人の存在は大事ですよ。彼の一番の魅力は、歌舞伎らしい暗くて、強いタッチを持っているところですね。演技の描線が非常に太いんです。それを活かして実悪(謀反人や大盗賊などの冷酷な敵役)をやるのに向いていますし、7月に『裏表太閤記』でやった織田信忠のように白塗りもできる。どっちに行くか。両方の可能性があります。それから踊りがうまい。体が決まっているんです。この人の踊りを見てほしいですね。 次に中村時蔵(36歳)は、女方の役者ですけれど、彼のひいおじいさんの三代目時蔵と同じ顔をしているんですよ。面長のうりざね顔で、現代風じゃないけれど、そこがこの人の武器。古風な役者として、神話的な役を担うことができるところが魅力です。昨年『葛の葉』で、女性に化けている狐の役をやりましたよね。人間になった狐をやるには色々な技法があるんです。たとえば人間らしい表情をしない。動物的に無表情になるのが大事なんだけれど、そういうのをやっても彼は不自然じゃないんだね。狐言葉も半音でしゃべったり、短く言いきったり、普通とは違う息づかいでしゃべるのがコツなんですけれど、それもうまくて、一瞬にしてもののけがついたようになる。そういう奇跡を起こすことができるんです。女方として大成していくんじゃないですか。 それから中村歌昇(35歳)。歌舞伎には「隈取」と呼ばれる化粧法があるのをご存じだと思いますが、その中に、『熊谷陣屋』の熊谷の顔にする芝翫筋(しかんすじ)という隈取があります。目尻、眉尻から上に向けて赤い筋を強く引くんですけれど、それが一番似合うのが歌昇ですね。これは化粧がうまいとかじゃなくて、骨格の問題で、非常に古風な顔ともいえます。それは芸にも表れていて、古風な役の雰囲気を持っているんです。彼は弁慶(『勧進帳』)もできるし、熊谷もできる。中村吉右衛門の芸を継いでいける人です。そういう意味で、彼は座頭の人ですね。 小僧 30代半ばだと中村壱太郎さんもいますね。この連載にもたびたびご登場いただいて、私も大好きなんですけれど。 渡辺 彼は巳之助たちと同世代だけど、芸の格でいったら若手というより上の世代になるんじゃない? すでに大きな役もたくさんやっているしね。 30歳前後にもいい役者がそろっていますよ。 尾上右近(32歳)。この人は芸がシャープなんですね。僕は六代目菊五郎に似た切れのよさを感じています。踊りもとてもうまい。そして多彩だから、女方もやれば、立役もやる。その両方に「変わってみせる」っていうところに新境地を開くんだろうと思います。それが許される稀有な役者です。 ただ、僕はやっぱりこの人は女方の人だと思う。色々やると、体から女方が抜けていってしまうということがあるから、自分のニン(その役が持っている雰囲気、らしさ)を極めていってもらいたいと思いますね。 中村米吉(31歳)。時蔵に続く女方はこの人ですよね。今年の新春浅草歌舞伎で八重垣姫(『本朝廿四考』)を見てね。とっても新鮮だったね。昔、吉田文五郎(人形浄瑠璃の人形遣い)の八重垣姫を見て、こんな子どもみたいな八重垣姫なんてあるのかと思ったの。僕が若い頃から見てきた歌舞伎の女方って、みんなシワだらけだったからね(笑)。でも、本当は八重垣姫って16歳なんですよ。米吉の八重垣姫を見て、それを思い出した。そういう可憐さがあります。11月には、明治座で時姫(『鎌倉三代記』)をやるでしょう? 大役だから楽しみですね。 中村隼人(30歳)。『菅原伝授手習鑑』の菅丞相(かんしょうじょう)という役があります。学問の神様ともいわれる菅原道真のことですね。これは役者を選ぶ役で、できる人とできない人がいるんですけれど、隼人はそれができる人なんですね。そういう清々しさがあります。『仮名手本忠臣蔵』の塩冶判官も、この人の判官じゃないと仇討ちは起きないというところが役者には必要だけれど、隼人はそういうところを持っている人ですね。 小僧 そしてぐっと若い世代には、團子さんと染五郎さんがいますね。 渡辺 そうですね。 市川團子(20歳)は、この前、立川立飛歌舞伎で、「道行」(『義経千本桜』)の忠信を見たけれど非常によかった。まだ白紙で新鮮でしたね。今は、自分の家の澤瀉屋(おもだかや ※正しくは“わかんむり”)の演目を中心にやっていますけれど、まだまだいろいろな可能性がありますから、ケレンだけでなく、古典歌舞伎をもっとやってほしいと思いますね。 市川染五郎(19歳)。今年のお正月に歌舞伎座で『息子』を見たけれど、とてもよかった。この人は芝居の勘がいいですよね。染五郎のニンは、ひとつは白塗りの役、もうひとつは「実事(じつごと)」と言って、大星由良之助(『仮名手本忠臣蔵』)のような分別のあるわりと渋い立役と、両方の可能性がある。彼の体の中には由良之助が眠っているに違いないと僕は思うので、それを発展させてあげたいなと思います。他にも中村鷹之資、坂東新悟……と将来性のある若手がたくさんいますから、きっと自分の推しがみつかると思います。 部長 本当に楽しみな俳優さんばかりですね。保先生、今日は貴重なお話、ありがとうございました。保先生の教えを胸に、これからも歌舞伎を楽しみたいと思います!! 渡辺 こんなので大丈夫? わからないことがあったら、いつでも聞きにいらっしゃい。 小僧 はい、また伺います!!