フラン・レボウィッツの名言「わたしの政治的な立場は、…」【本と名言365】
これまでになかった手法で新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。1970年代から今に至るまで、ニューヨーカーのライフスタイルを斜め上の視点から綴ってきた、コラムニストのフラン・レボウィッツ。彼女の仕事を貫くキーワードとは? 【フォトギャラリーを見る】 わたしの政治的な立場は、主として群集に対する嫌悪感に根ざしている。 仕立てのいいブレザーと〈リーバイス〉のジーンズに身を包み、ウエスタンブーツをカツカツ打ち鳴らしながら、ニューヨークで生きる人々に明晰な観察眼を注ぎ、ユーモラスな辛口コラムへ落とし込む。フラン・レボウィッツは、古き良きニューヨーカーを体現するコラムニストだ。 1951年、ニュージャージー州モリスタウンで生まれたレボウィッツは、生来の反骨精神が災いして高校を追い出された後、ニューヨークで暮らし始めた。しばらくはタクシー運転手、アパートの清掃員、路上のベルト売りなど職を転々としたというが、程なくして雑誌社での仕事を得て、コラムを書き始めたのは、21歳のとき。 かくして、たちまち頭角を現したレボウィッツは、彼女の初の著書『嫌いなものは嫌い』に、こんな一文を綴っている。「わたしの政治的な立場は、主として群集に対する嫌悪感に根ざしている」。 ここに記された「嫌悪感」は、彼女の仕事、いや人生をも貫くキーワードと言える。なぜなら、彼女のコラムは、群れたがる者、流行に飛びつく者、自己過信が強い者、物事を押し付けてくる者に対する、強い嫌悪感に根ざしているのだから。その人間に対する容赦ない愛憎は、社会の底辺であくせく働いていた時期に醸成されたものなのだろう。にもかかわらず愛読者が絶えないのは、他の追随を許さぬユーモラスな皮肉へと昇華するその筆致ゆえ。例えば、映画業界人から脚本執筆を依頼したいので、自費でLAまで来て欲しいと頼まれたときの彼女の答えはこうだ。「こっちの費用であっちに行く方法は唯一つ、わたし自身が郵便はがきになるしかない」。 誰もが炎上に怯える現在からすると、彼女のような書き手が絶大な支持を獲得し、今なおご意見版として君臨していることを、不思議に思う人もいるかもしれない。しかし、レボウィッツはきっとこう言うだろう。「だったら、スマホを犬にでも食わせれば?」。実際、彼女は今も、スマホはもちろん携帯電話もパソコンも持ってないという。なかなかハードコアな生き様だが、その恐れを知らぬ孤高の反骨精神に学ぶべきところは多い。
フラン・レボウィッツ
1951年生まれ。1972年、アンディ・ウォーホールの『インタビュー』 誌で映画評を書き始め、コラムニストとして頭角を表す。コラムだけでなく、ニューヨークでのライフスタイルにおいても人気が高い。2021年には、彼女を主役に据えたドキュメンタリーシリーズ『都市を歩くように -フラン・レボウィッツの視点-』がNetflixで制作された。
photo_Yuki Sonoyama text_Keisuke Kagiwada illustration_Yoshif...