ユネスコ無形文化遺産になった日本の「伝統的酒造り」:世界中を酔わせるための課題とは
海外で人気の“sake”も定義は曖昧
さらに日本酒に関して言えば、海外市場での“sake”が徐々に拡大する中、海外でsakeを生産する酒蔵の数も年々増えている。現在、最も多い北米にはおよそ40、世界中には60に及ぶ酒蔵があるとされている。日本以外では、日本酒を“sake”と総称するが、もともと「酒(sake)」は日本ではアルコール飲料全般を表す指す言葉である。海外では日本酒やそれに類似した酒類全般を「sake(サケ)」と呼び、sakeに関する明確な定義は存在しない。そのため、海外では清酒に果汁などのフレーバーを加えたものもsakeと呼ばれるなど、定義が曖昧だ。 国内においても近年、従来の酒税法で定義される清酒とは異なる新しいジャンルの「クラフトサケ」が登場している。「クラフトサケ」の酒蔵が集まって「クラフトサケブリュワリー協会」という任意団体を立ち上げた。そして、クラフトサケを「日本酒(清酒)の製造技術をベースとして、米を原料としながら従来の『日本酒』では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルの酒」と定義し、法的に清酒とは異なるカテゴリーを作り出している(酒税法で日本酒は「米、米こうじ(麹)及び水」を発酵させたものと定められており、副原料とともに発酵させると「その他の醸造酒」になる)。この背景には酒税法において「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要がある」を理由に、現在では清酒製造免許の新規交付を認めていないことにある。 このように「日本酒」の海外での一般的呼称である“sake”には、世界的定義、共通認識がなく、米国で多く生産されるフレーバーサケといった、日本では「清酒」の法的な定義に当てはまらない酒類も現地消費者には「サケ」として認識されている。また、国内では新たなジャンルの「クラフトサケ」を造る醸造所が年々増えている。
定義と世界観の明確化でブランド確立を
ボルドーワイン、ブルゴーニュワイン、シャンパーニュ、ドイツビール、スコッチウイスキーなど、世界に名だたる酒を見てみると、厳しい規制がブランドを築き上げた歴史がある。中・長期的な視点で、日本の伝統的な酒を世界的なブランドとして確立するためには、厳しい規制の下で「世界酒」としての地位を確立する必要性がある。あるいは日本の伝統的な酒が世界中で飲まれ、多様化していく過程で、これまでの世界的に知られる酒とは異なる道をたどる可能性があるかもしれない。いずれにしても、日本の伝統的な酒を「世界酒」として確立するためには、その定義を明確にし、世界観をどう創り上げていくのか戦略的で体系的な議論が必要で、すでにその議論がなされるべき時期に来ていると言える。こうした観点からも、今回のユネスコ無形文化遺産への登録は、日本の伝統的な酒が世界酒の仲間入りを果たすための大きな一歩であると確信している。
【Profile】
岸 保行 新潟大学日本酒学センター・副センター長。1979年東京都生まれ。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士課程修了。同大学助手、東京大学経済学研究科ものづくり経営研究センター特任助教を経て,2012年新潟大学経済学部准教授。2018年から新潟大学日本酒学センター・副センター長を兼務。専門は酒蔵組織論,伝統産業の海外展開,伝統と革新。産官学が連携した総合科学としての「日本酒学(Sakeology)」を考案し、新潟大学日本酒学センター開設の中心的な役割を担ってきた。現在は、新潟大学発の「日本酒学」を世界的な学問分野として確立することを目指して研究・教育活動を行っている。