伊那谷楽園紀行(17)轟天号ふたたび、みたび……伊那谷を愛する人々
伊那市駅開業100周年を祝う催し。それが毎年続くことになるとは、誰も思っていなかった。主催した牧田も捧も一度きりで終わるものだと考えていた。 【連載】伊那谷楽園紀行 でも、参加者が勝手に集まってきて盛り上がるという、ほかにはない独特の雰囲気は誰もが忘れ難かった。参加費を集めるわけでもないから、開催しても儲かるわけでもない。牧田は、伊那市内の店舗やホテルを訪ねて「轟天号の参加者が来たら……」と、参加者向けのサービスをお願いして回っていた。というのも、単に自転車で走って帰るのではなく、伊那谷を楽しんで貰いたいというのが、牧田や捧。それに「そんな面白いイベントをやるんなら、手伝うよ」と集まった地元の人たちの共通の思いだった。だから、報酬などいらなかった。 ボランティア頼みというわけではないが、開催にあたって経費は、ほとんどかかっていなかった。スタート地点の受付とゴールに並べる長机を運ぶ時の車のガソリン代。あとは、参加者に配るスタンプカードの印刷費。そのスタンプに『究極超人あ~る』をデザインしているため、著作権者に払う幾ばくかの使用料。すべてを合計しても、1万円程度。 それで集まるのは100人あまり。東京はもちろん、名古屋からも大阪からも遠い伊那谷。中には、日帰りの強行軍をする人もいるけれど、大抵の人は宿泊していく。人口7万人程度の伊那市で、100人あまりの人が宿泊し、飲食をしていく。その催しの経費が、わずかに1万円程度。 なにより、金額の多寡よりもやってきた人が「伊那谷は面白い」と、それぞれに魅力を発見してくれる。それが『轟天号を追いかけて』が、もたらした予想外の幸運だった。 「本当に来年もやろうか」 牧田も捧も、即断はしなかった。でも、できるものなら、もう一度やりたいという気持ちは誰よりも強かった。それが、翌年も翌々年も続くことになるとは、考えもつかなかった。 翌2013年。自転車を担いだ人々は「R・田中一郎生誕28周年記念 田切駅→伊那市駅・1hour Bicycle Tour Returns “轟天号を追いかけて、ふたたび。”」を目指して、また田切駅へと集まった。その翌年も、また翌年も……。