津軽にそびえ立つ赤い山を登頂せよ! 青森・浅虫温泉「鶴亀屋食堂」
津軽にそびえ立つ赤い山を登頂せよ! 青森・浅虫温泉「鶴亀屋食堂」
日本海と太平洋、津軽海峡、陸奥湾と4つの海を持つ青森県は、言わずとしれた日本有数の海産地帯。中でも大間をはじめとした本鮪は、いまや世界に誇るブランドだ。その地にある浅虫温泉は平安時代から続く温泉地として名高いが、近年は「鮪の山脈」を目指す人が多いという。その味を確かめに、陸奥湾沿いの食堂に訪れた。
各地から人が訪れる陸奥湾岸沿いの食堂
青森市の中心部から4号線を北上していると陸奥湾沖に湯ノ島が姿を現す。この辺り一帯の浅虫温泉は古くから知られている温泉地だ。その歴史は平安時代に始まり、発見された当時は織物用の麻を蒸すためだけに使われていた。平安時代末期にこの地を訪れた円光大師が、傷ついた鹿が湯治するのを見て村人に入浴を勧め、以来、人々に利用されるようになったという。 その歴史深い温泉だけでなく、周辺には茫洋と広がる陸奥湾、浅虫の街並みからオーシャンブルーまで一望できる谷地山など佳景が望める観光地としても人気が高い。その一翼を担っているのが『鶴亀屋食堂』だ。 駐車場に車を停め、外に出ると10月初旬とは思えない冷たい潮風が肌を刺す。建物は、知らなければ見逃しそうな鄙びたドライブイン。平日の昼前なのに次々と吸い込まれる県外ナンバーの車が人気を物語っている。 中に入って驚いた。だだっ広い簡素な空間の、壁という壁、天井にまで夥しい数のステッカーが貼られている。「風合瀬港 日本海本マグロ」「勝本 一本釣まぐろ」「龍飛鮪 津軽海峡一本釣」「大間沖 海峡マグロ 奥戸」。金銀、原色で彩られたステッカーに必ず入っているのが「鮪」「まぐろ」「マグロ」の文字。そして、観光と思しき客のテーブルには“赤い山脈”がそびえ立っている。 「30キロ以上の鮪はステッカーがついてくるから」。 穏やかな店主、佐藤氏が人懐っこい笑顔で教えてくれた。 店は創業70年以上で、佐藤氏は生まれも育ちも浅虫。海釣りが好きで若い頃はレストランや湯ノ島で働きながら知り合いの船に乗り、大謀網で鰯や平目、真鯛や鮟鱇、スルメイカ等を釣っていた。自身でも15フィートの船に馬力の船外機を付け、一人で“海の暴走族”に明け暮れていたという。その後、親類の寿司屋で調理技術を学び、店に戻ったのは24年前。以前は普通の食堂だったが、不漁が続いたある年、市場で鮪に出合った。 「市場が終わる頃に行ったら色が出ていない鮪が余ってて。味はしっかりしているのにもったいない」。 安く仕入れられたこともあり、丼にして店で出した。山のような盛りは「次の日も仕入れるから、使わないといけない」という単純な思いつきだったが、その豪快なビジュアルと抜群の鮮度が評判を呼び、今では温泉ではなく、鮪の山脈を目指して浅虫に訪れる人が増えた。