「バロック」は、どんな特徴をもった芸術だったのか…逝去した美術史家による「圧倒的にわかりやすい解説」
バロックとハリウッド
美術史家の高階秀爾さんが10月17日、亡くなりました。92歳でした。 国立西洋美術館長などを歴任し、美術史に関する一般向けの著書も多数執筆したことで知られています。 【写真】バロックを代表する「ベラスケスの絵画」 講談社学術文庫では、『バロックの光と闇』という著作を読むことができます。 同書は、17世紀から18世紀半ばに一世を風靡したとされる「バロック」という美術様式、あるいは、時代精神、時代の雰囲気に迫る一冊です。「バロック」という名前を聞いたことがあっても、そのエッセンスはと問われると、ハッキリ答えられる人は意外に少ないかもしれません。「バロックの精神」の本質とはいったい何だったのか――。 同書の冒頭では、バロックという芸術様式が流行したことの「時代的な文脈」について、わかりやすく解説されています。 『バロックの光と闇』から引用します(読みやすさのため、改行などを一部編集しています)。 〈かつてある美術史家は、バロック芸術をハリウッド映画に譬えたことがある。波瀾万丈の物語をものものしい舞台装置で飾り立て、時に人目を驚かすような壮大な仕掛けを用いて大がかりなスペクタクルを展開して見せる点が共通しているというのだが、そればかりではなく、その社会的役割、ないしは効用においても、両者はきわめてよく似た性格を持っている。〉 〈ハリウッド映画は、もちろん商業的目的のために作られる。派手な見世場や、主人公がさまざまの危険や困難に出会いながら最後はハッピー・エンドで終わるという定型的な筋立ては、大勢の観客の心を捉えるためにどうしても必要なものであり、事実それによって、大衆的な人気が保証されることになった。 それとともに映画にこめられたメッセージは、広く人々のあいだに浸透していく。例えば純粋な愛は最後には報われるとか、善人は栄えて悪人は亡ぶといったような勧善懲悪的価値観は、スクリーンの映像をとおして広められ、強化される。 それが当初から制作者の意図であったかどうかは別として、ハリウッド映画が結果として大衆教育に大きな役割を果たしたこと、そして今なお果たしつつあることは否定し得ない。まして『ベン・ハー』や『十戒』のような、旧約聖書の物語を主題とした映画の場合は、宣伝または強化の意図はきわめて明白であるといってよいであろう。 バロックの時代にもまったく同じように、絵画、彫刻などのイメージ表現が広く大衆を強化するために利用された。その際、ハリウッドの役目を演じたのはイエズス会である。プロテスタンティズムの激しい攻勢に対して巻き返しを図ったカトリック教会側は、一方で禁書や異端審問などの弾圧措置を強化するとともに、他方では広く信者の心をつかむために、大がかりなイメージ戦略を展開してみせた。 一五四五年から六三年にかけて、十八年間にわたって断続的に開催されたトレント宗教会議は、美術を宗教に奉仕させるという明確な方針を打ち出し、美術作品の主題や表現に厳しい規制を課しながら、そのかぎりで芸術家たちを動員して積極的に保護するという境界の活動を活気づける結果をもたらした。美術による大衆強化というその政策の実行部隊となったのがイエズス会である。〉 バロックが流行した時代背景が、非常にわかりやすく整理されています。 さらに【つづき】「これを知るだけで「絵画の見方」が大きく変わる…逝去した美術史家が語っていたこと」の記事では、バロックの「祝祭性」について解説します。
学術文庫&選書メチエ編集部