若き社会起業家が挑む観光客のマナー問題、旅行者の行動変える「ツーリストシップ」、その活動と誕生の背景、目指す未来を聞いてきた
「ツーリストシップ」誕生の背景とは
「ツーリストシップ」という言葉は、旅行者との対話の中から着想した。 サステナブルツーリズムやレスポンシブルツーリズムなどと言っても、旅行者の反応は鈍い。「もっとカジュアルで、ポジティブな影響を与えるような言葉はないかと考えた時、馴染み深いスポーツマンシップやリーダーシップから思いつきました」と明かす。「ツーリストシップ」と声に出してみると、住民にも旅行者にも反応が良かった。 田中さんは、2019年10月に一般社団法人CHIE-NO-WAをまず立ち上げる。大学生らしい使命感によるボランティア活動としてではなく、マイナースポーツのアスリートのように、自らスポンサー企業を探した。知り合いを通じて、ダイドードリンコの本社をノックすると、ツーリストシップの活動を「面白がってもらい」(田中さん)、スポンサー契約を取り付けることに成功した。その後、もう一社加わることになる。 2021年1月頃から本格的に「ツーリストシップ」の発信を始めたが、まずは観光事業者に知ってもらおうと、ホテルや旅館、大手旅行会社、航空会社などにコンタクトを取り始めたが、「最初は窓口レベルなので、全然相手にしてもらえないところも多くて…」と笑う。 それでも、コロナから旅行需要が急速に回復し、新しい観光のあり方の議論が世界中で進むなかで、「ツーリストシップ」に関心を示す観光関係者も増えた。2022年末に、法人名を「ツーリストシップ」に改名した時には、元観光庁長官の井手憲文氏などをはじめ有識者が理事に名を連ねた。 同時に、田中さんの活動に共感するボランティアも集まり、「ツーリストシップ」はさまざまな人たちを巻き込む運動へ広がりを見せるようになってきた。
旅先クイズ会で共感醸成、「生」の声も貴重なデータに
「ツーリストシップ」普及の核となっているのが「旅先クイズ会」だ。「旅行の仕方を伝えるには、旅行者や住民と直接触れ合えるブースのようなものを出したらいいのでは」と始めた。旅先クイズ会とは、旅行者に、〇×クイズを通して、地域ごとの歴史やマナー、ツーリストシップを楽しく発信するイベント。2023年から京都の祇園と嵐山で始めた。 クイズの出題は場所によって異なる。例えば、京都錦市場の場合、「錦市場商店街にはゴミ箱がある。〇か×か?」「錦市場商店街では、食べ歩きを楽しむことができるか。〇か×か?」。それぞれの質問に答えてもらい、正解とともに気をつけることを伝える。そして、最後に「ツーリストシップ」の意義を伝える。 1回5分ほどの他愛のない質問だが、田中さんは「その場で言われたら、旅行者は忘れない。また、特定の情報に意識を向けると、その情報が目に入れやすくなるカラーバス効果もあります」と手応えを示す。 現場を見た自治体関係者からは、旅行マナーや地域との関係で「旅行者の可能性を感じる」との声も聞かれ、旅先クイズ会は一気に全国に広がった。現在では、北海道知床から、東京都豊島区、京都市内各所、奈良市、滋賀県大津市、広島市、大分県由布市、沖縄県石垣まで広がった。両国や東京スカイツリーなどの観光地を抱え、民泊施設も多い東京都墨田区では、毎月定期開催するほどになった。 参加者にとっても、ついでにブースに立ち寄るだけで参加できるため、ハードルは低い。2024年12月中旬時点で、延べ1万9000人ほどが参加した。参加者は幼児から高齢者まで、家族連れからカップル、学生まで、加えてインバウンド旅行者も興味を示すという。 旅先クイズ会は、基本的にツーリストシップの自主開催と墨田区のように観光協会とのライセンス契約で行う会の2通り。開催の割合は現在のところ半々だという。また、スタッフ派遣を含めた依頼だと、また別の料金体系を立てている。 ブースでは、ツーリストシップの普及に加えて、参加者からさまざまな「生」の声が集められるのも大きな利点だ。田中さんは、「共感の後なので、『これはよくないと思う』とか、『これはいいと思う』など、普通のインタビューでは聞けないような内容までしっかり聞けます」と話す。1時間で100件ほどの意見がすぐに集まるという。 ツーリストシップでは、この「生」データをまとめて、自治体を含めて観光関連団体と共有する取り組みも始めている。場所によって、旅行者層も異なるため、同じ質問でも賛同率がどれだけ異なるのか、あるいは同じなのか。「面白いデータになると思います」と期待をかける。 旅先クイズ会には、旅行者だけでなく、地域の人たちも参加することがある。田中さんよると、「墨田区などでは、地域の観光に対する機運醸成にもながることも評価されている」ようだ。 旅行者と地域住民が一緒に参加することで生まれる「顔が見える」関係は安心感を生む。田中さんは「オーバーツーリズムの課題は、結局のところ、認識感情。観光客と地域住民の不信感や不安感を取り除くこがとても大事だと思います」と強調する。 ツーリストシップでは、旅先クイズ会に加えて、修学旅行生向けにも旅行者として持続可能な観光について考えるプログラムを提供している。小学生から高校生までレベルに応じて内容を変えて、具体的に考え、次の行動につながるような取り組みをすめている。