ドル決済から弾かれたロシアが夢想する新決済網「BRICSペイ」、中印はどこまで頼りになるか?
■ ソ連時代に共産圏での独自決済網に失敗した過去 ところで、ロシアの事実上の前身国家であるソ連もまた、かつて米ドルとは異なる独自の決済網を整備しようと試みたことがある。ソ連はその影響下にあった東欧の諸国との間で、経済相互援助会議(コメコン)と呼ばれる経済協力機構を1949年に創設した。その際に、米ドルを排してコメコン諸国間の貿易決済を行おうとしたのである。 そうした決済は、ソ連の通貨であるルーブルと同様の金平価(金との交換比率)を定めた清算ルーブルと呼ばれる通貨で当初は行われていた。後に振替ルーブルがそれに代わるが、こうした決済網は1970年代には事実上、廃れてしまう。 その最大の理由は、皮肉なことに、振替ルーブルが米ドルと交換することができない通貨だったことにある。 コメコン諸国もまた、当時の西側諸国との間で貿易を行っており、その決済は米ドルやマルクなどのハードカレンシーで行われていた。振替ルーブルが米ドルやマルクと交換できる通貨ならコメコン諸国は余った清算ルーブルを用いて西側諸国との間でも決済ができたが、それが不可能だった。振替ルーブルは使い勝手が悪い通貨だったのだ。 振替ルーブルの最大の教訓は、脱ドル化を図るうえで、米ドルとの交換を制限することはむしろ逆効果になるということに尽きる。これは通貨の発行形態がデジタルだろうとアナログだろうと全く変わらない。ロシアがBRICS決済網を模索したところで米ドル決済網との接合は免れないし、もしそれを遮断するなら、取引の増加は見込みがたい。
■ 中国という虎の威を借りるロシア 今のロシアよりもはるかに国力があったソ連でさえ、独自の決済網の運用に失敗している。ロシアがBRICS決済網の創設を提唱したところで、その中心となって信用力を提供するのは、ロシアではなく中国だという結論に達する。では、その中国が果たしてロシアが提唱するBRICS決済網構想に協力的かというと、そう簡単ではないだろう。 中国は中国で、あくまで自らが描く人民元の国際化構想に適うと判断される限りにおいてしか、BRICS決済網の創設に賛同しないだろう。中国はCIPSと呼ばれる人民元決済網の拡大を目論んでおり、実際、アジアを中心に多くの国が参加している。こうした取り組みと、ロシアが提唱するBRICS決済網構想が重なるところは、確かにある。 一方で、中国は2015年の「人民元ショック」以降、資本取引の自由化に向けた取り組みを停止している。このハードルを乗り越えなければ、人民元が米ドルに代替できる国際通貨になることは不可能だ。発行形態がアナログからデジタルになったところで、資本取引の自由化が進まなければ、人民元の国際化など進みようがないのである。 結局のところ、中国は中国の判断で、人民元の国際化を進めるだろう。ロシアが発案するBRICS決済網構想について前向きとなるにしても、それは人民元の国際化に有利に働く限りにおいてに限定されると考えられる。中国という虎の威を借りた鼠ともいえる今のロシアに、新興国独自の決済網を運用する力があるとは、とても考えられない。 ※土田氏の新著『基軸通貨』では、こうした新興国におけるドル離れや脱ドル化の取り組みの特徴や問題点に関して深く議論していますので、興味がある方はぜひどうぞ。 ※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です 【土田陽介(つちだ・ようすけ)】 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。
土田 陽介