「笑いと妄想で現実を破壊する」小川哲×松田いりの『ハイパーたいくつ』文藝賞受賞記念対談
過剰な魂の魅力
小川 他に影響を受けているものはあるんですか。 松田 お笑いはよくライブを観に行きます。最近一番好きな芸人はキックの鬼。彼は異常に張り切ったテンションで延々と狂気的なスピーチをする、みたいな芸なんですけど、奇妙な言葉に乗せられて一体どこに連れて行かれるんだろうって感じにゾクゾクします。あとはR-1グランプリでも優勝した街裏ぴんくさんみたいな。ひとりの言葉の力によって変なところへ連れて行かれる感じが好きなのかもしれません。わかりやすい影響ということで言えば、「ハイパーたいくつ」は初めて書いた小説だったので、最初どう書いていいかわからなくて。だから演劇の舞台に自分が立ってると仮定して、客席に向かってしゃべりかけるイメージで書き始めたんです。後半、なんとなく勘がつかめてきて、ちょっとまたムードが変わってくるという。 小川 なるほど。選考委員の中でも「この作品の中で、みるみる小説が上手になっていく」みたいなことは言われてましたね。 松田 最初は自分がよく観ているお笑いのライブとか、自分がやっていた演劇をよすがに、小説っぽいことを書いている状態から始めて。 小川 たしかにね、本当に最初って小説の書き方ってわからないですよね。気持ち、わかりますよ。僕も最初、小説といえば情景描写だとか思いこんで、何の意味もない海辺の描写とかしてました(笑)。 松田 あと影響を受けている、で言うと、ストリートスナップとか。 小川 ストリートスナップ? 松田 「ハイパーたいくつ」は服が好きで身の丈に合わないものを買っていたりする主人公なんですけど、たとえば、人の形の外側に飛び出たい、みたいな心がファッションに表れている人。ニューヨークとかロンドン、東京にもいらっしゃいますけど、そういった逸脱のスタンスが着こなしから醸し出されている、ストリートに溶け込まない人たちのストリートスナップを見るのも好きです。 小川 減りましたよね、ファッション誌はもう最近ストリートスナップはほとんどやらなくなっている。 松田 いわゆるオシャレとかは興味なくて、あと、コスプレに振りすぎてても興味ないんですけど。その人なりに何らかのファッションコンセプトがあって、結果的にすごく抽象的な形でそれが表現されていると思しきスナップなんかを見ると、もっとこの人のことを知りたいなという気持ちが湧いてきます。 小川 過剰なものが好きなんですかね? 松田 そうかもしれないです。 小川 規定というか普通のものをはみ出してる。たしかにファッションでもそういう人いますよね。 松田 そうかもしれないですね。過剰なものに反応してるのかもしれません。演劇でいえば、たとえば太田省吾さんの「水の駅」という、二十メートルを二十分くらいかけて歩くみたいな無言劇があって大好きなんですけど、逆に、去年ハイバイが上演してた「再生」みたいな、役者たちが一時間強ぶっ続けで全力かつ高速で踊りまくるみたい表現とかもすごい好きだったりして、極端に振れてるものに惹かれます。 小川 必要性とか実用性がない。それが面白いんですね。 松田 そうですね。外れたい気持ちだけがはっきり見えるみたいな感じとか、グッときます。元気が出ますね、そういうものを見ると。 小川 なるほどなあ。僕の友達にもわりとそういうのが好きな人がいて、今ボディビルダーにめっちゃハマってますね。 松田 ああ! 小川 グッときます? 松田 ボディビルダー、グッときますね。 小川 筋肉って本来生きるために必要なものじゃないですか。ボディビルディングってやりすぎると死に近づくんですよ。実用性とかを超えた過剰なもの。ボディビルダーのショーとかもめっちゃ面白いとその友達は言ってて、すべてが無だって。 松田 かけ声とかも「冷蔵庫!」「メロン!」とかですよね。人じゃないものに喩えられて。 小川 そうそう(笑)。ある意味、ストリートスナップ的な、ハイファッション的なものですよね。そこにあるのはその人の美学だけで。つまり、人からかっこよく見られよう、とかオシャレに見られたい、とかいうファッションは興味がないんですよね。 松田 はい。垂直方向の、魂の屹立みたいな表現にやっぱりグッときます。 小川 いいですね。ぜひ、次の作品でもそういうところが読みたいと思っています。 松田 はい、ありがとうございます。 (二〇二四・九・四) [文]河出書房新社 写真=竹之内祐幸 協力:河出書房新社 河出書房新社 文藝 Book Bang編集部 新潮社
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