「笑いと妄想で現実を破壊する」小川哲×松田いりの『ハイパーたいくつ』文藝賞受賞記念対談
小川 僕はもちろん笑いがあったりユーモアがあったりする作品がもともと好きなので、自分の作品の中でも書きたいと思っています。さらに言うと、作家によっては「笑いやユーモアがない作品はダメだ」と言う人もけっこういますね。でも笑いやユーモアは、怒りとか悲しみといった他の感情よりも圧倒的に表現するのが難しくて、それこそM-1グランプリを見ても、面白かったという漫才は人によって全然違うじゃないですか。プロの審査員によっても点数や評価が違うし。笑いってすごく主観的で、面白さがわかるというのは受け手側に高度な文脈理解を求めるというか、知識がなかったりしないといけないものが多いです。なので、僕は小説の中でも笑いはすごく大事なものだと思いながらも、すごく難易度が高いものだとも思っていて。 ただ「ハイパーたいくつ」はそこ、つまりユーモアや笑いで勝負するんだというタイプの作品で、そういう人が新人として出てきてくれることは心強い。松田さんがこれからどんな作品を書くかわからないですけど、ユーモアとか笑いの部分は常に考えていてほしいですね。小説におけるユーモアは僕もまだ捉えきれていないのですが、ひとつの答えとしては、笑わなくても小説が成立するようにすること。面白さがわからない人でも、そこで置き去りにしないようにする、ということくらいです。それは僕はいつも気をつけていることですね。 でも「ハイパーたいくつ」は、面白さがわからない人はひょっとしたら置き去りにされてしまう小説かもしれないので、松田さんがどういうタイプの作家を目指すのかとか、自分が何を書いていくのかというのは、この作品の反応も読者からいずれくると思うので、ぜひ考えていってほしいなと思いますね。 松田 そうですね。前に編集部の方とお話しさせていただいたときに、「笑えました」という感想をもらえたときが一番シンプルに嬉しくて。やっぱり自分はそういうものが書きたいと思っていたんだな、と自覚したんですけど。 小川 この小説もそうですけど、会社とうまくいっていない社会人が、日々の不満を妄想で現実を破壊することによって発散していくという展開に対してカタルシスを感じる人もいると思います。そういう感想も出てくるかも。作品が世に出ると、いろんな受け取り方が小説から出てくるので。松田さんは今後笑い一本でいくのもいいし、笑いの背後にスッとテーマを忍ばせるというのも小説の強度が上がる気がします。笑えない人でも面白く読めたりするのでね。それこそ町田康さんとかはその道のプロだと僕は思いますが。 松田 小説の強度ということで言うと、ストーリーって何だろうと最近考えていて。僕は大学時代に演劇をやっていたんですが、その頃の作品は、自分としてはストーリーを書いているつもりだったんです。でも観た人からはよく「ストーリーがないよね」という感想をもらって。「ハイパーたいくつ」も僕の中ではストーリー、物語を書いたつもりなんですけど、編集部の方々からは「物語という感じでもないよ」という意見をいただいたりもして、じゃあ物語って一体何? ということは、今後小説を書いていく上で考えてみたいなと思ってるんです。小川さんは「物語」というものに対して、どうお考えですか。 小川 それは人それぞれ、自分で見つけていくのがいいと思いますね。僕の考える「物語」もかなり偏ってると思います。ストーリーっぽいストーリーが作りたいというとき、たとえば僕だったら「これは物語じゃないよね」と言われたら、どういうのが物語だと思うのか、とか、物語があるものは何かとか訊いて、それのどこの部分が物語なのかとか、自分はどこの部分を物語だと思っていたのかとか、人の考える物語と自分の考える物語を摺り合わせたり、あるいは「自分はこういうことを物語だと思ってたんだ!」という発見があったりするとよりいいのかな。その上で、編集者が考える物語が作りたいのか、自分が考える物語が作りたいのかは、そこで考えることになるのかもしれません。 松田 ちなみに偏ってるとおっしゃいましたけど、小川さんの中に「こういうものが物語だ」というのがあったとして、「ハイパーたいくつ」はその尺度で測ったときに物語的なものといえますか? 小川 物語はあるけど、物語が前面に出てる感じではないですね。やっぱりディテールの小説だと思いましたね。僕の考え方としては、小説のストーリーというのは家の柱、建物を構築している柱みたいな感じで、ディテールというのは内装みたいな感じ。「ハイパーたいくつ」は内装が好きな小説で、「間取りは何か? 部屋が広いか?」とか言われたら「狭いし、あまり造りはちゃんとしてない」と答えるかもしれない。でも逆にいうと、僕からするとディテールがすごく面白い人が別の形で建物を建てたらどんなものになるんだろうというのはすごく楽しみでもあるので、編集者含めいろんな同業者だったり先輩だったり、僕でもいいですけど、いろいろ聞いたり勉強しながらチャレンジしていくのがいいんじゃないですかね。僕はそのチャレンジすること自体が大事だと思っていて。 あと楽しく書くこと。僕は「ハイパーたいくつ」を読んでいて、作家としていろんな可能性を感じました。短編のクスッと笑えるところにいろんなものを忍ばせつつも、骨太な物語や語りに魅力がある、そんな作品もこれから書いていけるんじゃないかと思います。