「笑いと妄想で現実を破壊する」小川哲×松田いりの『ハイパーたいくつ』文藝賞受賞記念対談
三十代の転機
小川 小説を書こうと思ったきっかけとか聞きたいですね。松田さんはそもそも読書は小さい頃から好きだったんですか? 松田 幼少期から量を読んできたわけではないです。ただ高校生くらいから町田康さんや中原昌也さんが書く、笑いのある小説をよく読むようになって、同時期に大人計画の松尾スズキさんの演劇にもハマって。何度も読み返したり見返してきた作品のことを考えてみると、笑いの中に破壊的なエネルギーが含まれているような表現に、ずっと惹かれてきたのかなという感じがします。 小川 小説の笑いって、三谷幸喜さんみたいな感じでコント的に笑わせる笑いと、それこそ町田康さんも中原昌也さんもそうだけど大喜利的に、一行一行で大喜利をして笑わせるタイプもいて、今、松田さんが挙げた作家の人たちはみんな大喜利系だったので、大喜利が好きなんだなというのがよくわかりましたね。 松田 そうかもしれないですね。 小川 そういう作家を読んで、演劇をしようと思ったのは大人計画とかの影響もあって? 松田 それもありますが、直接的なきっかけは先輩がやっていた学生演劇を観に行ったことです。狭い小屋だったんですけど、自分と同じ大学生が、音楽と照明を轟々と渦巻かせた空間にスモークをガンガン焚いて、完全に非日常的なステージを作り上げているのを目の当たりにしたとき、自分も一歩踏み出すだけであちら側に行けるんだ、という生々しい興奮に包まれて。結局そのあと、在学中はずっと演劇をやっていました。 小川 メインは脚本? 松田 出演もたまに。でもメインは脚本と演出でした。その経験もあって、大学卒業してサラリーマンやりながら、小説とか書いてみたいなという気持ちはどこかに、うすらぼんやりとした感じであったんですけど、ずっと書かないままでした。自分にとっては、演劇の言葉って役者と観客、両者の肉体が向き合ってる現場において成立する言葉なんです。でも、小説の言葉は、演劇みたいに生の肉体の間を行き交う言葉じゃない。演劇しかやったことのなかった自分からすると、小説を書くことは両手足を縛られた状態で戦うこと、みたいなストイックなイメージがあって、なかなか手出しができなかったんです。でも、昨年なんとなく人生行き詰まり感を覚えて、何かやりたいなと。 小川 何かチャレンジしたいと? このまま会社でなんとなく生きていくのが嫌になった? 松田 はい。 小川 いいですね。 松田 自分の場合、現在身を置いている環境において起こり得る事象は一通り起ききってしまった、という感じがあったんです。ここで何かしら動かないと、この先、自分の身辺に新鮮な出来事は何も起こらないだろうなと。 小川 三十二歳はたしかにそうかもしれないですね。たしかに三十代は友達とかともなんとなく疎遠になっていったりとかして、新しい経験もしなくなってきて、二十代後半から三十代前半は転機かもしれないですね。僕もデビューが二十八歳だったかな。二十代後半くらいから「何かしないとな」みたいなのがあった。松田さんはこれを記念の一作として書いたというよりも、創作自体は今後も続けていきたいという気持ちはあるということなんですかね? 松田 あります。 小川 それが一番大事なのでね。ぜひね、その今の気持ちを忘れないでほしいです。