歌旅 いしだあゆみ 「ブルー・ライト・ヨコハマ」の喚起力 中西康夫
「歌旅」のいつもの展開だが、きれいな街を見下ろして心を満たした後は、腹を満たさねば。やはり中華街か。世界最大級と言われる中華街は横浜の「中国文化圏」を形づくっていて、その象徴が崎陽軒(きようけん)の「シウマイ弁当」だろう。私も新幹線での旅には必ず「シウマイ弁当」を買って乗る。そういえば、まだ横浜の港の景色を見ながら食べたことがない。山下公園や港の見える丘公園で食べたらどんな気分だろう。心とお腹(なか)のマリアージュを想像するだけで楽しい。 余談だが、この「シウマイ弁当」の包装、東京工場と横浜工場での工程が少し違う。東京工場は箱型の蓋(ふた)になっているのだが、横浜工場では掛け紙を手作業で十字に紐(ひも)で結んでいる。この手作業がお弁当を開ける際にふと感じるぬくもりになる。これは、横浜を訪れた人への気遣いとプライドだろう。 お弁当ではなく、中華料理店で食べようかという気もしてくる。中華街に近づくと大きな門が出迎えてくれる。風水思想に基づいて作られた門は「牌楼(はいろう)」と言われ、訪れる人々を異世界に誘う雰囲気を醸し出している。この門が見えると、パスポートのいらない中国文化圏に越境だ。一時期上海にハマっていた私は、無条件で中国に行きたくなってしまう。大陸で生まれた父のDNAの影響だろうか。目に見える景色だけでなく、中国人たちの活気とほのかに香る中華系香辛料の匂いが私を刺激する。 中華街では、以前よく行っていたお店の店長が高齢になって閉店したので、いまはだいたい食べ歩きになる。老舗のお店が減り、高級店かビュッフェスタイルのお店が多くなったのは個人的には残念だが、時代の流れとして致し方ないのかもしれない。 シウマイ弁当、中華街と巡った末、今回の「歌旅」は港の見える丘とカンヌの夜景からインスピレーションを受けた歌が起点ということに思い至り、中華ではなく、ヨーロッパ伝来のものを食べたくなって「カツレツ」を選択した。「カツレツ」は明治期に伝わってきたフランス料理の「コートレット」から来ていて、英語で言うと「カットレット」、それが日本人には「カツレツ」と聞こえたようだ。元のフランス料理では薄くスライスした仔牛(こうし)肉にパン粉をまぶしてバターで炒(いた)め焼きにしたもの。これが日本風にアレンジされて豚(トン)を使った「カツレツ」、つまり「トンカツ」となった。まさに異文化混淆(こんこう)、横浜を代表する料理だろう。