歌旅 いしだあゆみ 「ブルー・ライト・ヨコハマ」の喚起力 中西康夫
私にとってこの歌は山下公園を喚起するのだが、まずは素直に橋本淳がイメージした港の見える丘公園に出向いてみることにする。みなとみらい線の元町・中華街駅から徒歩5分。とはいえ、それなりに急勾配の坂を登る。眼下に広がる横浜港。まさに港の見える丘だ。ここは、平野愛子が敗戦から間もない1947年に歌ったブルース味のある流行歌「港が見える丘」から命名されたそうだ。 横浜は、神戸や長崎と並ぶ異国情緒の漂う街で、早くから港が海外に開かれ、諸外国の公館が多くたち並んでいた。港の見える丘公園の一帯は開港当時、外国人居留地で、丘の上にはイギリス軍、丘の下にはフランス軍が駐屯していたという。第二次世界大戦後、連合国による接収が解除となって、1961年から公園として整備され、翌62年に開園。その後、周りにはフランス領事館跡のフランス山地域、イギリス総領事官邸だったイギリス館、また神奈川近代文学館などが建てられ、日本近現代の歴史と文化に触れられる場所になっている。 横浜市の花はバラなのだが、イギリス館の前には「イングリッシュローズの庭」もあって、ここにいるだけで西欧を感じてしまう。橋本淳がカンヌを重ねて描いた感覚に深く納得させられる。曲名に「横浜」ではなく「ヨコハマ」とあるのは、外国文化を含み込んだハイカラな街を表現しようとしたに違いない。 ◇勝烈庵のトンカツは異文化混淆の精華 夜の帳(とばり)が降りた後、ここから見える横浜の港はまさに青い。これは当然「ブルー・ライト・ヨコハマ」以前からのことだが、太陽の光がない夜空はブルーなのだ。海と空、つまり地球が持つブルーを港町が映し出す。この曲ができた頃は高度成長真っ只中である。いまのLEDの発光とは違い、ぬくもりある灯(あか)りが空を海を街を照らしていたと思う。そう思いを馳(は)せると、冒頭の「街の灯りがとてもきれいねヨコハマ」という歌詞が胸に降りてくる。「きれい」としか表現しようのない美しさとは、そこに生きる人々の暮らしの手触りでもあり、醒(さ)めた青は、実は市井の人々の存在感も包んでいたのではないだろうか。それをいしだあゆみの、クールでいてあたたかみのある声がさりげなく、たしかに、表現する。