姿消した中国漁船 緊張続く韓国・延坪島で北朝鮮側海域の変化に不安抱く「失郷民」
【延坪島・山口卓】韓国が北朝鮮との海上境界線と定める北方限界線(NLL)沿いの韓国・延坪島(ヨンピョンド)。島には朝鮮戦争の戦禍から逃れるために北朝鮮から避難してきた「失郷民(シリャンミン)」と呼ばれる人たちが多く暮らす。南北関係が悪化し軍事衝突の危機が高まる中、失郷民たちは望郷の思いと攻撃の恐怖の間で複雑な感情を抱いている。 展望台にある望遠鏡から見える北朝鮮の席島 「北朝鮮に行きたいという気持ちはもうないです。無理だと分かっているから。政治は対立をあおるばかりで統一の希望はなくなりました」。商店街にある自宅前で会った失郷民の一人、金永植(キムヨンシク)さん(73)は、怒りを込めて語った。 朝鮮戦争中の1951年に北朝鮮で生まれ、生後半年で両親と延坪島に避難してきた。母親から伝え聞いた話では、島に向かう船を目指した日は大雨で、船まであと少しというところで氾濫した川に遮られた。一晩中、傘を差して待ったが水位は下がらず、父親が決死の覚悟で2人を背負い川を渡った。力尽きて亡くなった仲間もおり、水中から遺体を引き揚げて埋葬したという。 延坪島の生活で、亡き父親はお酒を飲んでは故郷をしのび、歌を口ずさんだ。「南北統一されたら行ってみたい」と話していた母親も、数年前に故郷の土を踏むことなく亡くなった。
■「母の眠る故郷」
延坪島では約2千人が生活する。公表されていないが半数程度が軍人で、民間人の多くは北朝鮮から避難してきた人やその子孫だという。 島の北東部にある展望台からは北朝鮮の席島(ソクド)の岩肌がはっきりと見える。わずか3キロの距離だが、眼下の海域はNLLに隔てられ、決して渡ることはできない。 北朝鮮を望む場所に立つ石碑には「望郷歌」が刻まれていた。 〈ああ、田舎のお母さん 母の眠る故郷の地を 私が老いたときには踏めるだろうか〉 北朝鮮出身者の団体だろうか。席島とかすかに見える本土に向かって、祈るようにしばらく目を閉じている人々がいた。韓国全土から北朝鮮出身者が故郷を一目見ようと訪れるのだという。 韓国には失郷民やその子孫が約880万人いるとされる。慣れない土地で困窮を極める中、必死に命をつないできた。政府が2000年に始めた離散家族再会事業に登録した人は、今年4月末までの累計で約13万4千人に上るが、ほとんどが故郷への訪問も、生き別れた家族の安否確認もかなわないまま世を去った。 今も約3万9千人が再会を求めて登録しているが、南北関係の悪化で再会事業は18年8月を最後に中断し、再開の見通しは立っていない。引き裂かれた家族の距離は遠のく一方だ。