姿消した中国漁船 緊張続く韓国・延坪島で北朝鮮側海域の変化に不安抱く「失郷民」
■戦火の恐怖再び
延坪島は10年11月、朝鮮戦争の休戦後初めて、北朝鮮から砲撃を受け、23人が死傷した。当時、失郷民の朴錦仙(パクグムソン)さん(81)はカキ漁で海に出ていた。朝鮮戦争の経験から「また戦争が始まったのかと思って本当に怖かった」。砲撃が落ち着いた隙に夫を捜し出し、ソウル近郊の仁川市のサウナ施設に避難した。 島の暮らしはいつも南北関係に左右されてきた。北朝鮮警備艇が現れれば漁船は操業停止。韓国政府が衝突回避を理由に出漁禁止命令を出し、生活が立ち行かなくなることも。それでも築いた日常がある島は離れがたく、3カ月で戻った。 夫は数年前に亡くなった。北朝鮮を離れて長い年月が過ぎ、故郷を恋しいと思うことはもうない。「いつか北朝鮮に行きたいという思いはあるんです。だけど今の南北関係では無理でしょうね」。両国の関係悪化を伝えるニュースにはもう目を向けなくなった。
■流れ着いた遺体
今月4日に韓国と北朝鮮が衝突を避けるために締結していた軍事合意の効力が全面停止されて以降、金さんは北朝鮮側海域の変化に不安を感じている。「ワタリガニ漁が盛んなこの時期は、いつもなら中国漁船がぎっしりと並んで操業しているのに、最近は全く見ないんです」 金さんによると、10年に北朝鮮から砲撃を受けた際も直前に周辺海域から中国漁船が姿を消した。今回の異変と合意停止の因果関係は分からないが、砲撃の記憶が残る島民たちは当時の恐怖が頭をよぎるという。 島の海岸には時折、北朝鮮から流れ着いたとみられる遺体が打ち上げられる。金さんが目にした遺体は背が低く、着ている服も粗末だった。北朝鮮が核・ミサイル開発を進める一方で、生活の困窮ぶりが垣間見え、つらい気持ちになったと話す。 「政治の犠牲になるのはいつも弱い立場の人間です。韓国政府は軍事合意を停止する時に、最前線にいる私たちのことを考えたんでしょうか」。金さんが望むのは、家族や友人たちと平和に暮らすこと。ただそれだけだという。