「好コンディションの時にマルケスが勝てない理由とは?」【ノブ青木の上毛グランプリ新聞 Vol.18】
路面コンディションが悪いときに速いなら……とお思いでしょう
後半戦に入ってからのMotoGPで言えば、第12戦アラゴンGPが行われたアラゴンモーターランドは路面コンディションが非常に悪かった。MotoGP開催直前に舗装を張り替えたため油分が抜け切っていなかったのだ。 そういう状況で異常に強いのが、マルク・マルケスだ。アラゴンではスプリントレース、決勝レースとも優勝。決勝での優勝は’21年第16戦以来で、なんと1043日、約3年ぶりだった。得意とする左回りのコースということもあるが、路面コンディションの悪さもマルケスに味方した。 そして、第13戦サンマリノGPである。決勝レース途中で雨が落ちてきたが、途端にめちゃくちゃ生き生きし、ライバルをバッタバッタと抜き去っていたのは、やはりマルケスだった。トップを走っていながらピットインし、レインタイヤ装着マシンに乗り換えたホルヘ・マルティンは15位に後退。結局、マルケスが2連勝を果たした。 スリックタイヤでのウエット路面となったサンマリノGPなど、想像するだけで背筋が寒くなる。極端にグリップ力が下がると同時に、十分に荷重がかけられないこともあり、接地感も薄くなる。どうしようもなく恐ろしい状況だ。 そして、そういう難コンディションになればなるほど喜び勇んでペースを上げるのが、マルケスという男なのだ。彼は接地感のしきい値が異常なほど低い。接地感が得られなくてもほぼ気にせずに走ってしまうタイプだ。 ──雨交じりの難コンディションで生き生きとしだすのがマルケスだ。
対照的だったのが、極めて繊細なセンサーの持ち主だったダニ・ペドロサである。ペドロサはかわいそうになるほど「接地感が得られなければ安心して攻められないタイプ」だった。だからコンディションが良ければ素晴らしく速い一方で、コンディションが悪くなると思い切った走りができなかった。 ここで皆さんの頭の中には、「路面コンディションが悪い時に速く走れるなら、路面コンディションが良い時はもっともっと速く走れるのでは?」という疑問が浮かぶことだろう。ごもっともである。 しかし路面コンディションが良くなると、誰でも接地感が得やすいのだ。だからライダー間の「接地感しきい値」の差が縮まる。接地感が薄い状況では「マルケスOK、その他のライダーはNG」だが、接地感が濃密な状況なら「マルケスOK、その他のライダーもOK」となるわけだ。 こうなると、人間の感覚の差よりもマシン差や絶対的なグリップ力の差が利いてくる。そして今年のマルケスはドゥカティのサテライトチームで型落ちマシンに乗っているため、好コンディション下ではなかなか勝てない、ということになる。 そして皆さんにおかれては、もうひとつ疑問が生じるはずだ。「第15戦インドネシアGPだって、路面コンディションは悪かったぞ」と。確かにその通りだ。舞台であるマンダリカサーキットは、年間でもMotoGPとアジア選手権ぐらいしかレースが行われていないため、いつも路面はダスティ(ほこりっぽい)な状態なのだ。 だがマルケスの独壇場……とはならなかった。スプリントレースこそ3位表彰台に立ったが、決勝レースはトップから5秒近く離されて7番手を走行し、最終的にはエンジンから火を噴いてリタイヤしてしまった。トラブルがなかったとしても、表彰台は難しかっただろう。 マンダリカサーキットの路面はダスティとはいえ、セッションを重ねるうちに1本のラインができていく。それは数10cmあるかないかの細さで、文字通りの「線」だ。これを外さずに走るのは至難の業だが、それをやってのけてしまうのがMotoGPライダーの恐ろしさ。細い線の上で、それなりの接地感を得ている。だからマルケスと言えども、そう簡単には上位に上がれないのだ。 しかし、条件が揃った時に限ってはマルケスのような特殊能力の持ち主がとんでもない強さを発揮することからも、接地感がまさに「感」、つまりフィーリングであることがよく分かる。接地感は主にハンドルから得られる手応えのことを指すのだが、それをどう受け止めるかは、ライダー次第。まさにフィーリングでしかない。マルケスは、ちょっとの手応えでも増幅して感じているのだろう。