ホテル引きずり出し事件―スウェーデンの貴族文化vs中国の農村文化
スウェーデンの首都ストックホルムのホテルで起きた中国人観光客が絡んだ小さなトラブルが、両国の外交問題に発展しているようです。「2020年に外国人旅行者4000万人」を目標に掲げる日本でも、外国人が増えることによって生じるトラブルを不安視する人は少なくありません。 武士道の本質、利のある敗北後のベルギー戦。新たな日本文化の大局的勝利を 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、北欧で発生したこのトラブルを「西と東の文化衝突」と指摘します。スウェーデンと中国を訪問した時の自身の体験を踏まえながら、この小さなトラブルの背景にあるものについて若山氏が論じます。
西と東の文化衝突
小さな事件が波紋を広げている。 スウェーデンの首都ストックホルムのホテルで、ロビーに泊まり込もうとする中国人親子三人を、警察が引きずり出したのだ。中国人親子が「これは殺人だ」と叫びながら動画を撮影しネットに流したことで、両国政府とマスコミを巻き込んだ国際問題となる。 中国政府は、ホテルと警察が粗暴な対応を取ったとしてスウェーデン政府に抗議したが、スウェーデン側はむしろ中国人親子の態度が違法だと主張。スウェーデンのテレビ局も中国を揶揄する番組を流した。そして中国内部では意見が分かれはじめたという。 たしかに小さな事件だが、背景には両国の文化の力が働いていることを感じる。もっといえばこれは「西と東の文化衝突」ではないだろうか。 その感覚は、この時代に生きた日本人としての経験からくるものだ。そこでこの40~50年間の両国の文化の変遷を、体験記的に振り返ってみたい。
スウェーデンで働いた日本人の若者
若い頃、ヒッチハイクでヨーロッパをまわり、スウェーデンでアルバイトをしようとしたことがある。 大学紛争の熱が冷めたころで、傷心の日本人若者がヨーロッパをウロウロしていたのだ。1ドル360円の時代、特にスウェーデンの物価は高く給料も高いので、多くの日本人若者が働いて旅費を稼ごうとしていた。五木寛之の北欧小説の影響もあったろう。世間一般には「皿洗い」とされていたが、実際には「皿引き」といって、セルフサービスのレストランで客が食べたあとの皿を片づける仕事が多かった。 そういった若者の中に、針金のネックレスやブローチなどを手づくりして路上で売る男性がいた。アメリカのヒッピー文化が伝わったのだろうが、手先の器用な日本人に向いていると思った僕は、その手伝いをして技術を学ぼうとした。しかし遠くに警官の姿が見えると、彼は「ノーパミ狩りだ!」と叫んで、毛布のようなシートをパッとたたんで逃げ出すのだ。政府はノーパーミッション(許可なし)で働く外国人を取り締まっていた。僕も一緒に逃げたが、そんなことで捕まって強制送還されてもしょうがないと思い、この仕事は諦めた。 そんな路上の経験から、つまり社会の底辺の目線から、スウェーデン人が独特の貴族意識をもっていることを感じとったのである。 外国人労働者が多く、スウェーデン人は高級な仕事に就き、そうでない仕事は外国人にと、人種分業が定着していた。多くのレストランでは南ヨーロッパからやってきたイタリア系の人間がコックやマネージャーとなり、日本人の若者はその指図のもとで働いていたのだ。まさにヨーロッパ文化が築いてきた社会構造の底辺である。