ホテル引きずり出し事件―スウェーデンの貴族文化vs中国の農村文化
ヨーロッパ貴族文化としてのプライド
正式にはスウェーデン王国という。17世紀にはフィンランドも、現在のエストニア、ラトビアなど大陸の一部も領有し、バルト帝国として君臨した。 第一次、第二次世界大戦では中立を貫いた。スウェーデン鋼と呼ばれる良質の鋼材を産出し、ボルボ、サーブといった自動車、航空機産業に加えて軍需産業が強かったので、ヨーロッパのほとんどが戦乱に巻き込まれているあいだに大いに富を蓄積した。国民一人当たりの所得はきわめて高く、社会福祉も行き届き、王室の権威も保たれていた。まさに「北欧の雄」であり、イギリス、フランス、ドイツのように世界政治の現実に揉まれる地とは離れた「ヨーロッパ貴族文化の極北」といった感があった。 たとえば隣国のフィンランドにもアルヴァ・アアルトという有名な建築家の作品を見るためにしばらく滞在したが、当時はスウェーデンと比べ貧しい国であった。しかしきわめて親日的。長い間ロシアの圧迫を受けていたため、日露戦争でロシアのバルチック艦隊を壊滅させた日本海海戦の指揮官を英雄視して「トーゴー」という名のビールがあったほどだ。スウェーデンの女の子は東洋人など洟も引っ掛けないといった雰囲気だったが、フィンランドの女の子は総じて親しみやすかった。地政学的な力学は若い男女の関係にも反映されるのだ。 その後まもなく、変動相場制に移行して1ドル200円前後になると、海外における日本人の地位は一挙に上がり、社会の底辺で働いていた若者も日本企業のサラリーマンとして一流ホテルに泊まって仕事をするようになる。さらに1ドル100円前後になると、ブランド品を爆買いする日本人観光客が大量にやってくる。 つまり為替が、その国の人間の立場を変えていくのだ。円が安いときはこき使われ、強くなると一目置かれ、調子に乗ると鼻つまみ者になる。そして、このような立場はその国の本当の文化度と必ずしもつり合わない。 今の中国は、その数十年前の日本の軌跡を追っている。 スウェーデンはその後、オイルショックの影響を強く受け、サーブは倒産し、日本と同じような時期にバブルがはじけて株価が暴落するなど、経済的に苦しんでいるが、国民の生活の質は現在も高い。つまり実力の割に、ヨーロッパの貴族文化としてのプライドが残っているといっていい。 しかも現在のヨーロッパは、大量の難民にさらされ、人権より自国を優先させている。大量の観光客に対しても、経済的には歓迎するが、気持ちの上では排他的な力が働くのだ。ロビーに居座ろうとする中国人親子に難民の姿が重なったことは想像に難くない。