新型コロナ変異株のインスタント・カーマ!【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
■「XBB.1.5スクランブル」が発動 2023年1月5日、私のラボのSlackで、XBB.1.5プロジェクト専用のチャンネルが作成される。スクランブルプロジェクトの始動である。 翌1月6日、G2P-JapanのSlackでも、同様のチャンネルが立ち上げられる。 参加するのは、スクランブルにも慣れた、G2P-Japanの頼もしいメンバーたちである。ちなみにこのプロジェクトには、この連載コラムの40話や70話にも登場した、G2P-Japan海外メンバーであるイリ・ザフラドニクも参加している。実験や解析の分担もすぐに決まり、役割が決まった参加メンバーたちは、それぞれの仕事をトップギアで進める。 1月7日、おなじみのペアである『週刊プレイボーイ』の編集者Kさんと、敏腕ライターのKさんからXBB.1.5についての取材を受ける。 1月15日、プロジェクト開始から11日目。大きなミスも事故もなく、実験は無事完了。通常は、投稿したプレプリントが公開された際にその内容をツイッター(現X)で紹介しているのだが、このときは緊急性が高いということで、プレプリントの投稿前に、研究成果をツイッターで紹介した。 ちなみに、その実験結果は驚くべきもので、XBB.1.5は、「F486P」というスパイクタンパク質のたったひとつの変異によって、新型コロナがヒトの細胞に感染するための受容体であるACE2への結合力を劇的に向上させる進化を遂げていたのである。中和抗体からの逃避力については、その親株であるXBB.1の時点で、当時にしてほぼ最強の逃避力を誇っていたので、それはそのままXBB.1.5にも引き継がれていた。 1月16日、突貫で論文をまとめる。そしてその夜、プレプリントをbioRxivという専用サーバーに、論文を『Lancet Infectious Diseases(LID)』という学術誌にそれぞれ投稿。無事投稿を終えると、ラボに残っていたプロジェクト参加メンバーらと、ビールで軽く打ち上げをした。 ちなみに同日、私が7日に取材を受けた、XBB.1.5についての記事が掲載された『週刊プレイボーイ(5号)』が発売された。 ――というわけでここまで、プロジェクト開始から「論文投稿」までに要した期間は「12日」。しかし、この連載コラムにも何度か書いたことがあるが(30話で特に詳しく紹介している)、論文は投稿してからが勝負である。この先は、「レビュアー(査読者)」あるいは「エディター(編集者)」と呼ばれる、審査員たちとの「たたかい」が待っている。