考察『光る君へ』35話「お慕いしております!」中宮・彰子(見上愛)の心を動かした『源氏物語』「若紫」。一条帝(塩野瑛久)は道長(柄本佑)に「夜に藤壺にゆく」
すべて、物語の種にございますれば
ボロボロに疲れて帰ってきた道長が向かう先は藤壺……そして、まひろのいる局。 まひろから「お疲れでございましょう」と気遣われても『源氏物語』の新刊を見せよという。作品を読んでいる時間は、彼女と過ごせるからだ。憔悴しきった心身にエネルギーチャージするために訪れているな、これは。 道長が読むのは新刊・第五帖「若紫」。この巻では物語のヒロインとなる少女、若紫と光源氏との出会いが描かれる。 光源氏18歳の春。北山の山荘で出会った10歳位の少女──若紫。「雀の子を犬君(いぬき/傍に仕える女童の名)が逃がしてしまったの。伏籠に入れておいたのに」 檜扇に閉じ込められた自分と道長の出会いの思い出を、まひろは物語に写して解放した。 そしてこの『若紫』では、のちのちまで大きな影響を及ぼす事件を光源氏が起こしてしまうのだ。藤の開花に合わせまひろのナレーションで表されたのは、この場面である。 光源氏、同じく18歳の夏。藤壺の宮が体調不良のために内裏から実家に戻った折、この時しかお逢いする機会はないと思い詰めた光源氏が屋敷に忍び込み、父帝の妻である藤壺の宮と密通してしまう。 ふたりは過去にも一度過ちを犯しており、あれは生涯忘れることのできない悩みだったのに、この上まだ罪を重ねることになるとは……と煩悶する藤壺と、ここから去ればまたお逢いすることは難しい現実が待ち構えている、覚めない夢の中に消えてしまいたいと泣く光源氏。 そしてあろうことか、藤壺の懐妊──。 まひろは、このスキャンダラスな展開を実体験によるものだと告げる。道長とまひろ、双方の脳裏に浮かぶのは石山寺での一夜だろう。短い逢瀬を夢のようだ、覚めない夢の中に消えてしまいたいという光源氏の思い、胎内に不義の証を育てる藤壺の宮の悩み。それらはあの秘密の思い出から生まれたものだと明かされる。 まひろ「我が身に起きたことはすべて、物語の種にございますれば」 道長「……恐ろしいことを申すのだな」 まひろ「ひとたび物語になってしまえば我が身に起きたことは霧の彼方」 『源氏物語』を書き始めてからのまひろは、己の全て……なにもかもをストーリーの中に注ぎ込むことによって、心に抱えた怖れと不安を消し去る力を得たかのようだ。 「この物語はフィクションです」という前提は、今も昔も強い。 この場面の吉高由里子と柄本佑の芝居はとても繊細だった。賢子は宣孝との子ではないと示唆する、張りつめてはいるが、どこか俯瞰から見ているかのようなまひろの表情。 局をあとにし、ふと立ち止まるが引き返さず、そのまま去る道長の背中。 物語に落とし込んだふたりの過去は、もう戻ってこない……のか?
【関連記事】
- 考察『光る君へ』18話 道兼の死に涙するとは…玉置玲央に拍手を!まひろ(吉高由里子)は人気ないらしい道長(柄本佑)に「今、語る言葉は何もない」
- 考察『光る君へ』まひろ(吉高由里子)、帝(塩野瑛久)に物申す!伊周(三浦翔平)隆家(竜星涼)兄弟の放ってはいけない矢…虚実が揺さぶる19話
- 考察『光る君へ』20話 中宮(高畑充希)が髪を切り落とした重大な意味、ききょう(ファーストサマーウイカ)の衝撃はいかばかりか
- 考察『光る君へ』21話 中宮(高畑充希)のいる世界の美しさを謳いあげた『枕草子』は清少納言(ファーストサマーウイカ)の「光る君へ」
- 考察『光る君へ』26話「中宮様が子をお産みになる月に彰子の入内をぶつけよう」愛娘をいけにえとして捧げる道長(柄本佑)に、権力者「藤原道長」を見た