考察『光る君へ』35話「お慕いしております!」中宮・彰子(見上愛)の心を動かした『源氏物語』「若紫」。一条帝(塩野瑛久)は道長(柄本佑)に「夜に藤壺にゆく」
「若紫」の境遇に自らを重ねる中宮・彰子
罰当たりなことをと弟を諫めつつ、さっそくネタのメモに「斎院」と書いている。さすが まひろさんだ。夜遅くまでの執筆にくたびれて気分転換に局を出てみれば、恋人と共に逢引きに出てゆく左衛門の内侍(菅野莉央)と鉢合わせした。この場面、見なかったふりをしてさっと引っ込まないまひろは気が利かないが、あの噂の作者か! とウキウキ声をかける男も男である。もともと藤式部を快く思っていないらしい左衛門の内侍に、じわじわと「コイツ気に食わん」ポイントが加算されてしまうではないか。 藤壺で、宰相の君(瀬戸さおり)が朗読する新刊「若紫」を、中宮・彰子と中宮女房ズの皆で聞く。ここは、 北山で見かけた少女・若紫の保護者であった祖母の尼君が死んでしまった。若紫の父である兵部卿の宮(藤壺の宮の兄)が少女を引き取ることになっているが、屋敷には嫡妻とその子らがいるし、今まで尼君に任せきりだったのに、手元にいるからといって姫を大切にするとは思えない。なによりも若紫はあの藤壺の宮の姪なのだ……と、光源氏は兵部卿の宮が迎えに来る前に北山の屋敷にこっそり赴き、少女を盗み出して自分の二条の邸宅に連れていってしまう。父がのちに訪れた時には娘は忽然と消えていた。引き取られた当初は怯えていた若紫だったが、次第に光源氏に心を許して同じ寝所で眠ったりする。実の娘であったとしても、この年頃ではこんなことはできないな……と、奇妙な関係を楽しむ光源氏だった。 ……という場面。なので、聞いている女房ズの表情も感想も様々だ。小少将の君(福井夏)は面白く受け取ったようだが、大納言の君(真下玲奈)馬中将の君(羽惟)左衛門の内侍は批判的。ちなみにこの行為、作品内で光源氏自身が実行前に(少女を盗みだすことは世間から批難されるだろう、不名誉な噂が立つだろう)と悩んでいるので、当時としてもモラルに反しているのである。 インパクトの大きな第五帖。皆が批判しながらも、面白さにのめりこんでゆく。 そして「若紫」は、メインターゲット読者・彰子の心を波立たせた。幼くして光る君に引き取られた若紫と、12歳で入内した自分を重ねる……彼女の言葉から、一条帝への彰子の本当の気持ちを、彰子の内面を言語化するまひろ。左大臣家の娘としての役目も中宮という立場も、背負わされたものを全ておろしたら、そこに残る想いは? 伝えたい言葉はなに? ちょうど敦康親王の顔をみるために訪れた一条帝に、彰子が涙ながらに、 「お慕いしております!」 ゼロ距離でのノーモーションからのストレートパンチのような、凄い告白! 溢れ出る思いのたけをぶつけた中宮様に、まひろも慌ててしまうほど。後は言葉にならず、ただ涙を流すだけ……。一条帝はどう反応してよいかわからず、言葉を探し「またくる」。 この場面は見上愛と塩野瑛久の演技、どちらも情熱的かつ細やかでよい。ここぞという瞬間に、迸るように流れる音楽もよい。 立ち去ってしまったかのように見えた帝だったが、道長に「夜に藤壺にゆく」と告げる。 中宮女房ズによる、帝をお迎えするお仕度──ここの場面も、とても胸にしみた。 政治的な圧力の象徴である歌屏風が畳まれ、寝台を囲む御帳台の埃が払われ、真新しい夜具が運び込まれる。衣には香が焚きしめられる。中宮様の髪を梳き、お体を清め……。 様々に個性豊かな女房の面々だがこのときばかりは皆嬉しそうで、万感の思いが窺える。 わかるよ! 孤独な日々を重ねた姫君が、ついに迎えた夜だもの、嬉しいよね! ついに帝がお渡り──足を止め、静かに降り積もる雪を懐かしげに慕わしげに見つめる表情に28回レビューで記した、定子(高畑充希)の葬儀の夜に送った御製を思い出した。 野辺までに心はひとつ通へども我がみゆきとは知らずやあるらむ (葬送の地まで心だけは通ってゆくのだけれど、私がそこにいるのだと……この思いが雪となり積もったのだと、葬られたあなたは気づかないだろう) 喪った愛を忘れることはない。雪が降るたびに帝は定子を思い出すだろう。しかし、人は生きてゆくのだ。新たに出会う人と共に。 御帳台の中での、一条帝と彰子の会話。 帝「いつの間にか大人になっていたのだな」 彰子「ずっと大人でございました」 「笛は耳で聞くもの」との時といい、口数は少ないが彰子は賢く媚びない。己を曲げないまま、まっすぐに帝の心を射止めた。よかったね、おめでとう。 「よかった……」と月を見上げる道長とまひろ、ふたりの背中を見ながら、今夜のことは倫子(黒木華)が泣いて喜んでいるだろうな……と想像した。 子を思うゆえに時に空回りをしたし、寛弘4年正月からしばらくは産後の体調不良で寝込んで関われなかったが、彼女は母として彰子を心から愛している。 そして柱の陰から……左衛門の内侍は見た! 波乱の予感でつづく! 次週予告。 あーーーーーーっ!!!(叫んでごめんなさい)『紫式部日記』の再現ですよ皆さん! 公任(町田啓太)の「若紫はおいでかな?」。こ、これが興奮せずにいられようか……映像化されるなんて、生きててよかったと泣いております。 興奮したけど、鈍色の装束で清少納言(ファーストサマーウイカ)が「その物語を私も読みとうございます」。ここからの彼女は完全ドラマオリジナルの清少納言なのだろうか……? さあどうなる。 36話を楽しみに、しかし緊張しながら待っております。******************* NHK大河ドラマ『光る君へ』 脚本:大石静 制作統括:内田ゆき、松園武大 演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう 出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、見上愛、塩野瑛久、岸谷五朗 他 プロデューサー:大越大士 音楽:冬野ユミ 語り:伊東敏恵アナウンサー *このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。 *******************
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