スポーツカーに未来はあるのか “走りの刺激”を伝え続ける方法
この先、ガソリン車で運転が楽しいクルマはなかなか作れない。トヨタのスープラは生産終了となり、GR86はドイツで販売が終了したとのことだ。どちらも欧州で厳しくなる衝突安全基準に対応することが難しいのが理由のようだ。 【画像】歴代の人気スポーツカーを見る 少し前の話になるが、ホンダの軽ミッドシップスポーツ、S660も騒音規制などへの対応が難しく、生産を終了した。 普通のクルマ、例えばミニバンやSUVであれば、その時点の規制に合わせて開発や変更を行うことが(当然、内容にもよるが)それほど難しくはない。デザインやエンジン性能は、保安基準や排ガス規制をクリアした上で決定される。しかし、スポーツカーとしてデザインし、走行性能を追求するとなれば、ユーザーの期待値もありハードルは上がってしまう。 その一方で、ネットニュースでも自動車雑誌でも、スポーツカーの復興を取り上げる記事は相変わらず多い。それが自動車雑誌を長年愛読してきたユーザーに響くのは納得できるが、果たしてスポーツカーの売れ行きにどれほど影響を与えているかというと、難しいところだ。 それくらい、スポーツカーはクルマ好きの関心を集めるが、それを購入して長く維持し続けることは難しい。スポーツカーはクルマの軽さや運動性能を重視しているため実用性が低く、乗り回せる環境が限られている。 若い頃にスポーツカーを楽しんだクルマ好きも、子育て世代になれば実用的なクルマに買い換えることを余儀なくされるものだ。しかし子育てが終わり、自分の時間が持てるようになると、再び趣味のクルマとしてスポーツカーを手に入れる向きも少なくない。 だが、今後はそうした選択肢も失われる可能性が出ているのである。
変わっていくスポーツカーの定義と、変わらぬモノ
技術の進化や交通状況など環境の変化により、スポーツカーの定義も変わってきている。 スポーツカーはクルマが普及し始めた1950年代頃に誕生したが、それ以前はレーシングカーをベースにして公道を走れるようにしたものしかなかった。価格もさることながら、性能面でも誰もが乗りこなせるものではなかった。 スポーツカーはクルマ好きが運転を楽しめるモデルとして英国で誕生し、欧州の自動車メーカーが追随して米国市場で1つのカテゴリーを築き上げた。そうしてスポーツカーは市民権を得ていった。 信号や交通渋滞が少なく、郊外との往来も容易だった頃は、それほど快適性や利便性を気にすることもなく、スポーツカー本来の機能だけで走りも堪能できる時代だった。しかし、都市に高速道路網が発達して便利になった半面、郊外までの距離がさらに遠くなって渋滞も頻繁に発生するようになった現代では、気候変動もあってエアコンなしではとても耐えられない。 さらに衝突安全性のためにエアバッグがいくつも組み込まれ、ボディサイズも拡大していくと、車体は当然重くなる。ABS(アンチロックブレーキシステム)や横滑り防止装置などの電子デバイスも、ドライバーをサポートして万が一に備えるために必要になる。これらは現代のクルマとして、スポーツカーとて避けられない条件だ。それを踏まえて開発せざるを得ない環境になったのは仕方のないことだ。 だが、実用性の高さを考慮した4人乗りや、渋滞でも疲れない機能などを盛り込んでいくと、スポーツカーからどんどんかけ離れていく。 スーパーカーの類になると、もはやエンジン性能が一般ユーザーには扱えない領域に達し、ほとんどが2ペダルAT仕様となっている。一方、そこまでの性能ではない高性能車も、サーキットではMTより2ペダルATの方がラップタイムは速い傾向にある。けれども速さを追求するのではなく、クルマを操ることをスポーツとするスポーツドライビングであれば、ATしか設定のないクルマは不十分だ。 例えるなら、楽器演奏のようなものだ。クラシックピアノより電子ピアノの方が演奏は楽だ。伴奏を付けてくれたり、何なら自動演奏もこなしてくれたりする。そんな楽器に手助けしてもらう演奏がよければ、それを選べばいいだけのことだ。 単純に速く走るのが目的であれば、パワーがあって太いタイヤと固めた足回り、高いボディ剛性などの条件をそろえればいい。2ペダルATで4WD(四輪駆動)のクルマであれば、誰でも速く走らせられるだろう。 しかし、ドライバーの操作に繊細に反応する“人車一体感”を追求するのであれば、車体の軽さや大きさ、重心やロールセンターの高さ、エンジンや変速機の反応の良さが重要な要素になる。 つまり、どんなに時代が変化しても、スポーツカーはスポーツドライビングのためのクルマであり、それ以外の要素を盛り込んだクルマはスポーティーなクルマ、高性能なだけのクルマなのだ。