代表移籍に約束の反故。「契約したのは間違いだった」シート喪失のボッタスがザウバー/アウディF1に恨み節
バルテリ・ボッタスは、人前で怒りをぶちまけたり、問題を解決したりすることで知られている人物ではない。元キック・ザウバーのドライバーは、メルセデスを離れて以来、彼独自の方法で自由に自分を表現できるようになったため、悪ふざけのセンスが徐々に表面化してきたとはいえ、自分のプライバシーを大切にする典型的なフィンランド人だ。 【写真】他車との接触によるリタイアでキック・ザウバーでのラストレースを終えることとなったバルテリ・ボッタス しかしボッタスは、ザウバーでの3年間が終わり、来年のオーストラリアGPのグリッドに立てないことが確実となったため、いくつかの借りを返す時が来たと判断したようだ。このフィンランド人ドライバーは、グリッドでもっとも経験豊富なドライバーのひとりであるにもかかわらず、ウイリアムズが今後数年間カルロス・サインツをアレサンダー・アルボンのパートナーにすることを決定したあと、シートを失った理由を説明することを望んだ。 ボッタスの発言で注目を集めたもののひとつは、「3年前にザウバーと契約したのは間違いだった」という彼の告白だった。この発言はスイスのチームのファンを動揺させたが、35歳のベテランの説明を聞くと完全に納得できる。2021年末に彼がメルセデスを去ったとき、最終的にボッタスはかつてのGP3のチーム代表だったフレデリック・バスールからオファーされた契約を受け入れた。ボッタスは、ザウバーをふたたび中団の最前線に導くのにバスールは適任だと確信していたのだ。 ボッタスは、次のように指摘した。「以前一緒に仕事をしたことがあるから、フレッド(バスールの愛称)の存在がザウバーチームとの契約に大きく影響した。僕が契約した3年間には明確な計画と目標があり、そこに到達する方法もあったが、彼が去ったことでそれらの計画はゴミ箱に捨てられた」 バスールのフェラーリ移籍契約が2022年12月とかなり遅い時期に結ばれたため、ボッタスは「フレッドが去るなら僕も行けるという選択肢はあったが、その時には別のシートを見つけるには遅すぎた」と認めた。 それでも、ボッタスはフェラーリに移籍した元ボスを責めることはなく、「チーム代表やドライバーとして、フェラーリに行くチャンスがあれば、誰もがそれを受け入れるだろうし、フレッドは彼にとって正しいことをした」と述べ、「それに、彼はトップチームでも自分の手腕を示している」と付け加えた。 ボッタスを本当に怒らせたのは、最初にアンドレアス・ザイドル、後にマッティア・ビノットが偽りの約束をしたことだ。彼はこう説明した。「アウディが参戦を認めたら、僕はプロジェクトの柱になるとつねに言われていたが、それは実現しなかった」 ボッタスは以前、「4月末までアンドレアス(・ザイドル)は僕と連絡を取り、アウディと長期契約を結ぶことになると確約していた。でも彼はその瞬間からニコ(・ヒュルケンベルグ)と話し合っていた。チームにニコが来ると僕が聞いたのは公式発表の30分前のことだった……。突然、彼はほとんどの連絡を絶ってしまった」と説明していた。その後ザイドルが解雇され、ビノットがザイドルの後任となった。 「サインツがウイリアムズに行くことを選んだため、残留交渉を再開した」とボッタス。「彼は僕を望んでいると言ったがが、2025年と2026年には若いドライバーをマシンに乗せるべきではないと取締役会を説得する必要があった。急速な進歩を遂げるためには、できるだけ多くの経験が必要だからだ。だけど、結果がどのようになったかは僕たち全員が知っていることだ」 だからこそボッタスは次のように締めくくった。「今知っていることが(事前に)わかっていたら、当時ザウバーと契約はしなかっただろう。12カ月後にフレッドがチームを去ることや、チーム改革に向けた彼のビジョン全体がすぐにゴミ箱行きになるなんて、当時は誰も予想できなかった」 [オートスポーツweb 2024年12月19日]