増殖する外来生物と在来生物の「交雑種」 放置し続けてもいい問題なのか?
ホタルの移送に見る遺伝的多様性・固有性の撹乱という生態リスク
このように交雑によって地域集団の遺伝子組成が撹乱されるという生態リスクは、日本国内に生息する種の地域集団を移送することでも生じます。日本では地域振興の一環として、あるいは自然再生活動の一環として、ホタルの養殖と放流が行われることがありますが、実はホタルにも地理的な分化が存在し、放流のための人為移送がこのホタルの地理的変異を撹乱することが問題視されています。 本州、四国および九州に広く分布するゲンジボタルには明滅パタンの異なる東日本型と西日本型が存在する。この二型の分布はフォッサマグナと言われる地溝帯によって明確に境界線が引かれており、日本列島の形成史にあわせて、ホタル集団の分化が進んだことが示唆されています。近年のDNA分析によって、ゲンジボタルにはさらに細かく6つの地理的分集団が存在することが示されており、その塩基配列情報から、ゲンジボタルは今から1500万年という古い時代から日本列島での分布を開始し、東西日本の発光パタンの異なる型は今から500万年前に分化したと推定されます。 ホタルの移送はこの遺伝子の地域固有性を崩壊させ、ホタルの長い進化の歴史と系譜を喪失させることになる……これは生物多様性の一大事である、と多くの保全生態学者は捉えて、ホタルを人為的に移送すべきではないと唱えます。しかし、一方で「ホタルの遺伝子が混じって何が悪い?」「ホタルが増えてくれれば喜ぶ人も多い、それの何が悪い?」と考える人も少なくはないはずです。 同じ外来種の生態リスクでも、水産資源や農作物が食べられる、といった直接的被害ならば、多くの人に理解され易く、また対策の必要性についても納得してもらえます。しかし、遺伝的多様性・固有性の撹乱という生態リスクは、多くの人にとってピンとくるものではないと思われます。実際、野生個体群の遺伝子組成が改変されることで、私たち人間生活にどんな障害が生じるのかと問われても簡単にはいい答えは見つかりません。 それゆえに、遺伝的多様性の撹乱リスクに対しては人によってその受け止め方に温度差があり、対策を講じる上で合意を形成することが難しいケースも出てきます。また、人間の都合で解釈が大きく変わることもあります。つまり、絶滅に瀕する生物種の集団に別の地域からの集団を移植して、遺伝的多様性を回復させて、絶滅を回避するという対策がとられることがあります。 例えば、北米のフロリダパンサーはかつてアメリカの東南部に広く分布していましたが、狩猟によって個体数が減少し、フロリダ南部にわずかな小集団が生息するのみとなりました。その結果、集団内の遺伝子多様性が著しく低下してしまい、様々な疾患や奇形が生じて絶滅の危機に立たされました。そこで、アメリカ政府の決定により、テキサス州に生息する近縁亜種の個体がフロリダに導入され、種間交雑によって遺伝子の多様性の回復が図られました。この試みは成功し、フロリダパンサーの個体数は大幅に増加しました。しかし、一方で、この保全策によってフロリダパンサーの遺伝子の固有性は損なわれたということもできます。 生物移送による交雑リスクの問題は、人間の価値観によって大きく左右される問題でもあり、今後も様々なケースを科学的に分析して議論を重ねていく必要があります。 【連載】終わりなき外来種の侵入との闘い(国立研究開発法人国立環境研究所・侵入生物研究チーム 五箇公一)