なぜ井上尚弥は一夜明け会見で2022年4団体統一&4階級制覇構想と偽らざる心境を激白したのか…「ゾーンに入れなかった」
7回のインターバルで真吾トレーナーは「どっちがギブアップするかだ。こっちがあきらめるか、相手をあきらめさせるか。パワー、パワーで行くしかない」とアドバイスを送ったという。 美学にも縛られていた。 「フィニッシュの仕方を若干考えていた」という。 7回、右フックの直撃にさすがのタフなタイ人もバランスを崩した。ロープにつめてラッシュを仕掛けたが、途中で攻撃を止めた。 「手数でレフェリーストップに持ち込むこともできたけど、これはどうなのかな?と。常々勝ち方と言っている僕がレフェリー頼みにするのはどうか」と躊躇したのだ。 結果的に8回の左フックでロープにぶっ飛ばし、立ち上がってきたところに「脳を揺らす」左フックがかすり、よろけたところでレフェリーが間に入りスタンディングダウンでのTKOフィニッシュとなった。美学に反する結末に「ああ、止められちゃった…」とも思ったが、「(レフェリーが)止めた瞬間に戦意を喪失して力が抜けヨレヨレとなった。危なかった」と、挑戦者の命にかかわらなかったことに安堵したという。 「自分との戦いだった」 オファーを出した上位ランカーからは断られ、世界的には無名の格下のタイ人を挑戦者に迎えることになった。モチベーションを高め「トレーニングの質を上げていく意図」をもって、あえて「期待と想像を超える試合をする」「リードパンチだけで倒せたらカッコいい」など「すごくハードルを上げるようなことを言ってきた」。だが、白のドレスコードを観客に求め、約7000人のファンがつめかけた両国のリングに上がった瞬間、「見えている感じがいつもとちょっと違う」という違和感を覚えた。 井上には、極限まで五感が研ぎ澄まされた人間レーダーのような特別の感性がある。集中力が高まり、時に、トップアスリートだけが体感できる「ゾーン」と呼ばれる世界に入る。
2014年にWBO世界スーパーフライ級王座を名王者、オマール・ナルバエス(アルゼンチン)のボディを抉り奪った試合では、勝利へのコンビネーションが先に見えた。70秒で沈めた2018年のWBSSの1回戦ファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)戦では、時間が止まり、1本の光が見えた。そのゾーン体験に似た感覚が、この試合では、まったく持てなかったのである。 「どの試合も同じ気持ち、同じ練習、同じ仕上がりで仕上げているつもり。でも。ドネア戦やラスベガスで初めて戦った試合に比べると差があった。リング上に上がったときに、すべてが研ぎ澄まされ、相手しか見えていないというゾーンに入るための集中力に欠けている感があった。防衛を重ねていくと、どの試合も望んだ試合を組めるわけではない。ただモチベーションを保つ難しさがあった」 今回の試合前には、ディパエンが2年前に来日して、東日本新人王の荒川竜平(中野サイトウ)を相手に2回TKO勝利したYoutube映像を1、2回見ただけ。おそらく、それだけで井上は相手の実力を把握してしまったのである。 「相手によってボクシングが変わる」(真吾トレーナー)のがボクサーの習性である。 恐怖感や、緊張感…相手が強くなればなるほど力以上のものを発揮するのが、井上だが、その逆のケースには、集中力を失い、落とし穴が待つ。それでも井上はゾンビのようなタイ人を倒し、収穫も得た。 「こういう精神的状態でリングに上がり感じたことは貴重な経験になった。技術的にはジャブ。ガードの隙をみつけて意識してリードジャブを打ちダメージを与えることはできたと思う。もっと色々と視野を広げてやれること、リング上で見せられる幅はあると思った。練習で体感したものを出せていない部分もある。まだまだ自分のノビシロを感じた試合だった」 さてファンの注目は来春のビッグマッチと井上の突き進む道だ。選択肢は3つある。WBC王者のドネアか、WBOのベルトを保持するかどうか微妙なカシメロか、スーパーバンタムへの転級か。